わたしはあなたに近づきたい | ナノ






 リゾットの鼓膜は、途切れ途切れの言葉と獣の呻き声で震えた。携帯電話を片耳に押し付けたまま、彼は双眸を僅かに細める。血が気道に入り込んだらしい。噎せ込むその声を通話相手は上げた。獣が吐き出す息は荒々しいというに、本体の彼、ビッラはまるで落ち着いた声量で途切れ途切れの任務完了を告げた。
 すぅ、と吐き出す息の最後にAddio.なんて付けた彼は、理解していたのだろう。そして切られた通話にリゾットは数秒その双眸を閉ざした。彼が脳裏に思い描いたことを推し量ることは出来ない。
 リゾットは開いていたノートパソコンに、任務完了の報告を打ち上げ、メンバーの死亡報告を付け加えた。

 そしてその一時間後には、組んで任務に就いていたホルマジオとソーレに、メンバーの死を伝え、そこからさらに二時間後、新たな任務に関するメールがリゾットの元へとやって来た。またそれにはなんとも簡素な文面で、新たに迎える事になるであろう人物の詳細が添えられていた。
 幹部の人間を手に掛けて、生かされているとは。リゾットは、文面に目を通しながら胸中で呟く。また、文面が彼へと伝えてくるのは以下の通り。手が掛かるから、そっちで面倒を見ろ。そういうことだ。

 面倒を押し付けられて一時間後、ソルベとジェラートが任務報告書を提出しにリゾットの元へと訪れる。リゾットは彼等にもメンバーの死を伝え、後に一枚の書類をソルベへと差し出しながら、日時と指定場所を簡潔に口にした。つまり、新入りを迎えに行ってくれ、と。その日はフリーだったのか、ジェラートは文句一つ無く、ソルベの持つ書類を覗き込むだけであった。

 最後にリゾットの仕事部屋に人が訪れたのは四時間前。仕事着に身を包んだ彼は、その部屋を出た。彼が玄関を出ようとした時、丁度入れ替わるように帰宅したプロシュートに、彼は同じ様にメンバーの死を告げ、任務へと向かう歩を進める。擦れ違って数歩後、唇を薄く開いたのはプロシュート。

「辛気臭い顔してんな」

「……生憎、普段通りだ」

 ああ、生憎だ。リゾットの辛気臭い顔も、少しばかり先日よりは欠けた満月も、夜の静寂も、それに紛れる暗殺者も、何ら変わらぬ普段通りだ。それはきっと世界の皮肉であるが、リゾットの脚を止める理由には一つとしてならない。
少しばかり冷え込む日の、話だ。