わたしはあなたに近づきたい | ナノ






 滅多に無い。と、いうわけでも無いが、その日暗殺チームは全員が非番であった。そして皆アジトに揃っていた。ソルベとジェラートはリビングのソファに隙間を拵えて座っていたし、ホルマジオも傍らのソファに腰を沈めて前述の二人と会話をしている。ソーレはキッチンでチェーナの仕込み。ビッラは今の今までリビングに居たが、飲み物を取りにキッチンへ。そしてリゾットとプロシュートはと言うと、態々リビングの中央で声を荒げ合っていた。主だった口論の主題は、暗殺任務に関する事項。熱心なことだ。

 プロシュートがまた一つ声を荒らげた。一応上司である人間に随分な口の利き方をしているわけだが、それについては、リゾットは何ら気にしてはいない。眉を顰めるのは別の問題だ。そして彼も反論一つ、いや二つで声を荒らげた。感情の起伏が著しく分かり難いリゾットが珍しく荒げる声。プロシュートの存在は中々にチームの活力になるだろう。平和的で無いにしろ、違った見解を持つ者は必要だ。

 そんな二人の男の所為で喧しいリビングで、談話を続ける三人の男は何ら何時もと変わらない。プロシュートはいちゃもんを付けているわけではないのだ。また、リゾットの意見だって筋が通っている。だから止めもしなければ、口も挟まない。まったくその気は、無い。

 プロシュートが舌打ちと共に何かの名称を口にした。それが何を意味するかを瞬時に理解していたのは対面するリゾット一人。後に四人の視線がリビングに新たに現れたものの姿を、一斉に捉える。いや、正しく言えば三人か。ソルベには気配は捉えど、視覚ではそれを捉えることは出来ない。彼にスタンドは見えないのだから。

「不ッ気味な見た目してんなァ」

「どんなだ?」

「あー、下半身は無くて両腕で身体支えてる。かっ開いた目玉が全身にあって、それが紫の煙吹いてら。どう考えても有害だろうなァ」

 細めた目でジェラートが、現れたスタンドの風貌について感想を述べる。見えない姿へと目をやるのを止めたソルベは、ジェラートへと尋ねた。彼は一つの眼球に視線の焦点を当てつつ、ツラツラと引き続き感想を述べ、そこで視線をソルベにやった。そして彼は、ん?と違和感に疑問符を浮かべる。ソルベの目元、口元、前髪の生え際に視線を順番にやったジェラートは、口を開く。

「ソルベ老けた?」

「デコ見て言うんじゃねぇよ」

 ジェラートはホルマジオ、リゾット、プロシュート、と彼のスタンドを順番に見て、最後に自分の手を見た。そしてコレがあれの能力かと頷く。老化。いや、もしかしたら液体に干渉する能力かもしれない。彼はソルベの顔をまじまじと観察する。潤いの失われた肌はカサつき、皺を数本刻んでいる。まあ、老化ってことでいいか。また頷いた。

「なあ、ジェラートはあんたより二つ年上だったよなあ?」

 こちらはソルベ宜しく目元に皺を刻むホルマジオ。彼はジェラートを見た後、ソルベへと視線をやって、確認のそれを口にした。問われたソルベも、その疑問を分かっているのか、ジェラートの顔をまじまじと見ながら、唇を開く。

「あぁ、お前全然変わってねぇな」

「良く見たら手は老化が分かる」

「童顔っつーか、化けもんだな」

「うっせ、若さを妬むんじゃァねぇよジジィ共」

「「俺はお前より若いんだっつーの」」

 不意に気付いたのは、ジェラートだ。リビングの床を這う紫色の瘴気は、そこだけに留まらずにキッチンまで這い流れている。そしてそこにはビッラに、ソーレがいるはずだと。ジェラートの視線を辿ったソルベにホルマジオも、それに気付いたらしい。あーあ。三人は揃って肩を竦めて見せた。

 それからかっちり五秒後だ。劈くようなビッラの悲鳴が聞こえたのは。それは直ぐに鈍器で殴られたような音に遮られた後、ぴたりと止まった。ドサリ、と床に何かが倒れ込む音もした。そしてその音からさらに五秒後の事だ。プロシュートとリゾットの立ち位置に一本ずつ包丁が飛んで来たのは。


「……ソーレ、邪魔をするんじゃない」

 砥石で砥かれたばかりのその刃面がキラリと光ったが、俊敏な動作でそれを避けた二人は床へと刺さったそれではなく、投げたであろう人物へと視線を向けていた。つまりソーレに、だ。

「……」

 無言である。彼女の表情は確認出来なかったが、雰囲気から察するに彼女は怒っていた。何故表情からそれが分からなかったかと言えば、彼女の機嫌を視線で確認するには障害物が邪魔になるからである。彼女は紙袋を頭からすっぽりと被り、両腕を腰に添えて仁王立ちをしていた。やはり、怒っているようだ。

「……鰯が、」

 静かな怒りを秘めた声が若干くぐもっている。言わずもがな、紙袋の所為。区切ったそれの後、彼女は深呼吸のように吐き出しながら続きを言った。

「使い物にならなくなった……」

 彼女の言葉に悲鳴のような声を上げたのは、ジェラートにホルマジオだ。彼等はチェーナが駄目になったことを瞬時に察した。煙草を噛み潰したソルベ。片眉を吊り上げたのはプロシュートとリゾット。ビッラは、今頃たん瘤を作ってキッチンの床で失神していることだろう。

「こういうスタンド能力なら、別でやって」

「……悪かった」

「リーダーも、知ってたでしょ」

「……すまん」

「……チェーナ、駄目になった」

「はいはいはいッ!」

 勢い良く挙手をしながら声を上げたのはジェラート。彼は尻に轢いていた所為で折り目の付いた雑誌を見開きながら提案した。

「二人の奢りで外食しようぜッ!」

 どうやら最寄に新しく出来たらしい。ピックアップされたドルチェの写真を指差しながらジェラートは、此処!と声を荒げる。彼は彼女へと見えるように雑誌を翳しているが、彼女は紙袋を被っているためにそれを確認できない。プロシュートは無言でスタンドを解除した。そしてジェラートは呟く。

「美味そうな、ドルチェ」

「!」

 彼女は被っていた紙袋を取り、床へと叩き付けるように放った。そしてジェラート、いや彼の持っている雑誌へと一目散に駆け寄る。二人は頬がくっ付きそうな距離で、同じ雑誌を覗き込み談話を始めてしまった。ホッと息を吐いて目を合わせたソルベとホルマジオが、各々にプロシュートとリゾットへと視線をやる。

「「ゴチ」」

 それに二人は眉を顰めた。




 数時間後、暗殺チームは一角を占領して食事の真っ最中であった。セコンド・ピアットの後のコントルノまで食べ終えたメンバーを見ながら、リゾットは財布の中身を思い浮かべながら頷いた。そこまで痛手ではないな、と。なにより、プロシュートと折半なのだから。プロシュートの方も、対面する位置でグラスを傾ける女の綻んでいる頬に、満更ではないらしく口角を吊り上げている。ビッラとホルマジオが酒が入ったことで会話を弾ませている。とは言っても普段に比べて、だ。少しばかりビッラが喋っているだけ。ソルベだけが、二人へと同情の眼差しを流している。彼はいの一番に店の扱うドルチェの種類と値段を確認していた。ご愁傷様。その言葉はアルコールと共に彼の食道を下った。内二人の食事はこれからが本番である。