わたしはあなたに近づきたい | ナノ






 リビングにいるのは四人。ソルベにジェラート、間にソーレが挟まって、今ホルマジオが喋りながらソファへと腰を沈めたところだ。ビッラは張り込みが必要な任務中らしく、ここ数日は姿を見せていない。こうして説明している間に足を踏み入れたのはチームのリーダーであるリゾット。ではなく、見目の美しい金髪の男だった。
 見知らぬ男が蹴り開けた扉が壁に打つかって音を立てたが、其処に居た者は皆それをちらりと一度見ただけで、直ぐに直前の動作を引き続き始めた。ソルベとジェラートの会話が頭上を飛び交い、ソーレはカップを傾けながらホルマジオの話に相槌を打つ。
 彼等がひとっつも警戒心を表に出さないのは、金髪の男の後ろに見知った男が立っているのと、見知らぬ男にそういう気が一切無いからだろう。実際、各自が見えぬ胸中に何を抱いているかは知らないが。

「……ビッラ以外全員いるな」

 後からリビングへと足を踏み入れたリゾットは、室内にいるメンバーを視線で確認して呟くように言った。それにジェラートが、ビッラがいないことに今気付いたよ!という反応を見せて返しているが、勿論、ふざけているだけだ。

「ソルベ、ソーレ、ジェラート、ホルマジオ」

 リゾットは紹介とも言えない名前を呟くだけのそれをした。その後でちらりと視線を金髪の男にやって、口を再度開く。

「プロシュート、質問はあるか」

 つまり、新入りらしい。リーダー直々に引き連れてきたことから、有望な人材かと思いつつまた、雰囲気から察するに二人は初対面では無いようだった。
 金髪の男、プロシュートはリゾットへと視線を返しながら口を開いた。

「どっちの女だ?」

 暗殺チームに女は今の所は一人しかいない。自分のことを尋ねられた彼女は、隣のジェラートへと視線を流した。それにジェラートの視線が打つかる。二人とも唇を吊り上げて楽しげだ。その様に嫌な予感のしたホルマジオの今日の勘は冴えていることだろう。直感のままに瞼を固く閉ざしたホルマジオを気にも留めずに、ジェラートとソーレの二人は言葉を投げ合った。

「どっちだって、ねえジェラート?」

「答えをくれてやらなきゃなァ、ソーレ?」

 そのやり取りの直ぐ後に、滑るようにしてソファから床へと座り込んだのはソーレ。彼女が抜けたことで出来た隙間を、サッと詰めたのはジェラート。そして恋人との距離が無くなったことで、彼の唇へ噛み付くようにキスをしたのはソルベだ。軽いそれではないので、ホルマジオの耳にはその音が流れ込んできたのか、彼は顔を歪めた。
 三人のやり取りにリゾットは右眉を僅かに吊り上げて、プロシュートは左眉を吊り上げて反応を見せた。

「ソルベとジェラートの関係について言うことはないな」

「聞く気もねえよ」

 そう言って煙草を取り出して銜えたプロシュート。その煙草の箱を見て、僅かに目を見開いたのはソーレだったが、その目は直ぐに細められて笑みに変わった。直ぐ側にいる彼女の反応に、ソルベとジェラートは互いの身体を少しばかり離して、目を見合わせる。
 プロシュートは、視線だけは自身の取り出した煙草に注がれている為に、ソーレと問い掛けた。

「吸うのか?」

「吸わない。けど、いい趣味してると思って」

「厭味か」

 彼女の返しに僅かに片眉を上げる反応を見せたプロシュートに、ソーレはくすくすと笑って否定を返した。

「んーん。純粋に褒めてる」

「なァ、ソルベ」

「あぁ、だろうな」

 プロシュートはソファの上の二人のやり取りに怪訝な目を向けたものの、構わずに火を点けて紫煙を燻らせた。ソーレは天井へと向けて流れる紫煙を目で追っていたものの、それらは辿り着く前に掻き消えて、捉えることが出来なくなってしまう。
 ジェラートはソーレをちらりと見下ろした後、正面のリゾットへと目を向けた。そしてそのままに口を開く。

「リーダァー、用件は以上?」

「あぁ、終わりだ」

「じゃ、オレ等行くわ」

 そう言いながらジェラートは、座り込むソーレの手を取って、二人一緒に立ち上がった。手を取られて立ち上がったものの、彼女は何の用事だろうと小首を傾げている。ジェラートがほんの少しだけ片眉を吊り上げているのが見て取れた彼女は、問う為に唇を開こうとした。が、それを制するようにそこにはジェラートの人差し指が添えられた。

「ちょいとばかり付き合ってくれよ」

 困ったような笑顔だ、とソーレは感じた。自身の背後で立ち上がったソルベがジェラートへと車の有無を尋ねている。それに数秒考える素振りを見せた目の前の彼が、ニッと笑って言った。

「そーだなァ……ぶっ飛ばすか!」

 本当にぶっ飛ばすから、大変だと言うのに。ソーレは困った様に笑った。



 さて、三人がいなくなったことで静かになったリビングで、残された男達は会話を続ける。最初に口を開いたのはホルマジオだ。

「知り合いかあ?多いな、そういうの」

「パッショーネに来る前に、共に仕事をしたことがある」

「その頃は互いにスタンドなんてもの持っちゃいなかったがな」

「"矢"か?」

「違う」

 その言葉を信じるのであれば、ここ数年の間にスタンド能力に目覚めたということになるだろう。もしかしたら、その目覚めることになった事象が、彼が暗殺チームという冷遇される部署に回されることになった原因かもしれない。気になるかと問われれば、それなりに。とホルマジオは答えるだろう。しかし態々尋ねるかというと、そうでもない。人となりも、過去の話も、付き合いが長くなれば自然と分かるものだ。プロシュートが暗殺チームで長生きすれば、その内に分かることである。早々に死んでしまえば、それまでの話だというわけだ。

「ところで色男さんよう、ソーレが気になるかあ?」

「気にならねえと言えば、嘘になるだろうよ」

 ホルマジオの吊り上がった唇など気にも留めずに、プロシュートは煙草の煙を吹き出して答えた。彼の答えに視線をちらりとやって、次に唇を開いたのはリゾット。

「……ソルベとジェラートの逆鱗には触れてくれるなよ」

「あ?」

「ジェラートがキレると此処の硝子という硝子が駄目になるんだ」

 ソーレが加入してからはまだキレたことはなかったが、以前にあったそれで随分と寒い思いをしたリゾットは、眉を顰めながら言う。彼の自室の窓硝子も例に漏れず、粉々に割れて床へと打ちまけられて、隙間風どころではない風を迎え入れていたわけだ。当時、季節は冬真っ盛りであった。
 リゾットが眉根を寄せるに至った過去の話など知らぬプロシュートは、もう片方の男の名を出して問う。

「ソルベの方は何だ」

「奴がキレるともれなくジェラートもキレる」

「誘爆か」

「二人揃うと手が付けられねえんだよなー。今キレるとソーレも加わるんじゃねえか?」

「……兎に角、此処で面倒を起こすなよ」

 やるなら外でやって、外で全てを終わらせて来い。決して此処には持ち運ぶんじゃあない。
 リゾットの忠告、というよりは切なる願いを分かったのかどうなのか、プロシュートは短くなった煙草を携帯灰皿に押し付けた。そして不敵な笑みを見せる彼に、リゾットは内心で溜息を吐くことになる。

「オレからやらない分には良いだろ」

 もし窓硝子が無くなった際には、この男の鉄分を使い切ってでも、外と内を隔てる壁を作ってやろう。そしてそれが、自身への厄介ごとを防いでくれる壁になってくれないものか、とリゾットは胸中で深く息を吐き出した。