さて、今朝方任務に就いているのはビッラだけのようだ。それ以外のメンバー全員が揃うアジトのリビングで、今し方足を踏み入れたばかりのホルマジオは目を丸くした。彼の視線の先には三人掛けソファ。その上には勿論何時もの三人が押し合いへし合いで座っている。彼はそれを見て、目を丸くしているのだ。いや、厳密に言えば彼の見ているのは中央に座る彼女、ソーレである。
ホルマジオは考える。ソーレが此処に来てからもう直ぐ半年が経つだろう。だが、その間にこんな兆しはあっただろうか。誰に対しても人当たりが良いために分からなかったのか。いや、兎に角、ソーレを挟む二人に問えば分かることだろう。
「なあ、それ。……どういうことだ?」
ホルマジオはソーレを指差しながら問うた。指差された彼女と言えば、ホルマジオがリビングに入ってきたのにも気付いているのかどうなのか、そんなことに構いませんよとばかりに一心に一点へと視線を向けるのに忙しい。その向けた視線の先にはリゾットがいて、辿った視線を元に戻して彼女の顔を見てみれば、その表情が明らかな感情を浮かべている。だから、ジェラートは言った。
「見たまんま」
「いや、見たまんまってなあ……」
「うっせ、見たまんまだっつーの」
終始眉根を寄せて顔を顰めるジェラートは、最後に舌打ちもおまけした。その音にホルマジオは差す指先を彼へと変えて、今度はソルベへと問いかけた。
「……機嫌悪くね?」
「ソーレがリーダーのことしか眼中に無いのは、面白くないんだ。ジェラートは」
ソルベのその言葉に片眉を上げたホルマジオは、またソーレへと指先を向けた。
「あ?ジェラートはソーレに、そういう……?」
「それは違ぇよ。妹に彼氏が出来たっつーのと似たようなもんだろ」
とんだ兄貴もいたもんだと思ったホルマジオの耳へと、届く舌打ち。二度目のそれは直ぐに三度目を引き連れてやってきた。舌を打っているのは誰か?そんなの決まっている。チッ、という舌打ちをしたのはまたしてもジェラートだ。
ホルマジオは差していた指先をそのまま自身の後頭部へと回し、その場所を掻いた。
「なあ、兄貴は妹の彼氏を呪い殺しそうな目で見てんぞ」
「近い内にリーダーが死んだら、ジェラートの仕業だろうなぁ」
「シスコン過ぎんじゃね?ジェラートおにいちゃぶッ!?」
「死にたいなら、殺ってやっからさァ。殴るぞ?」
「殴ってから言うんじゃねーよ!」
ぼすんっ、とソファのスプリングが沈む。ソファから跳ぶようにしてホルマジオを殴りつけたジェラートは、用が終わり次第元の位置へと腰を沈め直していた。自身の周りで何が起ころうとソーレは動じない。というよりも心其処にあらず。在る場所は近くて遠いのだ。
ぱさり、とサイドテーブルに預けられた新聞紙が控え目に音を立てた。つい先程まで国際情勢や内政情報を読み解いていた黒い双眸が、向けられていた視線と搗ち合う。互いいに打つかった視線のままに数秒の沈黙。薄く唇を開いたのはリゾットだった。
「…………ソーレ」
「はい」
彼の呼び掛けに彼女は笑んで返事をする。咲き誇る花のように破顔されては、リゾットも用件を伝える為に開けた口を閉じるしかなかった。
「いや、……なんでもない」
また一つ、舌打ちがリビングに響いた。言うまでも無いが、ジェラートである。
「なァにが何でもないだ、鉄仮面野郎」
「ジェラート表に出て」
微笑んではいるが目が笑っていないソーレが、親指でリビングを出る扉を示しながら言った。
おいおいやべーよ。と、ホルマジオが二人の保護者にあたる男へと視線をやって、事の成り行きを口にした。
「おい、あんたの横で戦争が勃発しそうだぜ?」
「問題ねぇ」
ソルベは最後の一本になった煙草を取り出し、箱を握り潰しながら言った。彼は眉根に皺を作ることもなければ、寧ろ唇を吊り上げて不敵に笑んでいる。
問題が無いだって?大有りじゃねーか。とホルマジオは、ジェラートとソーレへと視線を戻した。売り言葉に買い言葉。ソーレの言葉にソファから立ち上がったジェラート。彼のスタンドは基本能力範囲内を無差別に襲うものだと知っていたホルマジオだが、意味も成さないとしても自身の両耳を塞ぐ他無かった。
「よし出てやろうじゃァないか」
ソーレが続いて立ち上がった。戦争が今、まさに、今。ジェラートが、口を開く。
「表通りのショートケーキが美味い店でいいな?」
「フルーツタルトも美味しいそこで異論は無いわ」
「「林檎のシブーストも外せない!」」
意見の合致した二人は善は急げとばかりに、駆け足でリビングを出て行った。その背をぽかーんと、間抜けな顔で見送ったのはホルマジオで、ソルベはゆっくりとソファから腰を上げていた。ドルチェを食べに行くらしい二人の足になる為である。
煙草も買い足す必要があるな、と予備の分を尻ポケットから引き抜くソルベへと、リゾットは目をやることも無く言葉を投げた。
「ジェラートとソーレは仲がいいな」
「自慢な二人なもんでね。だから、可愛いんだ」
「……そうか」
「あんまり苛めてくれるなよ?」
どちらと言わず、彼は唇を吊り上げる。そして後ろ手に手をひらひらと振りながら、やがてソルベもリビングを出て行った。
後に残ったホルマジオは、カップを持ち上げているリゾットへと視線をやったままに、独り言のように呟いた。
「どうなってんだ……」
それは俺が知りたい。
そんな思いを、言葉にも顔にも出さずに甘いカッフェと共に飲み下したリゾットの事など、誰が知るであろうか。