わたしはあなたに近づきたい | ナノ






 任務完了と共にアジトへと帰宅したのはソーレだった。彼女は一度部屋へと戻るために、玄関正面に位置する階段を駆け上がろうと足を進める。その時ふと、視界の端、それも下の方に彼女は何かを見て捉えた。その何かに意識を向けた彼女は、進めていた足をぴたりと止め、その何かを見下げる。それは良く見てみると震えて、いや動いていた。

「生きてる……!」

 つまり、生きている何かを見つけた彼女はそれを見下げたままに声を上げた。小さなそれをもっと良く見てみようとソーレはその場にしゃがみ込む。その生き物には手らしきものも付いていて、彼女はそれの身体に触れてみようと、自身の指先をそぅっと近付けてみた。するとその何かは手らしきものを使って、彼女の指先へとしがみ付いてくるではないか。可愛い。彼女はそういった感想を抱き、自身の唇を横一線に結んだままふるふると震わせていた。そうでもしなければ高ぶる感情のままに叫びだしそうだったからだ。

「ソーレ、何してんの?」

 しゃがみ込んだ彼女の背へと疑問の声を投げ掛けたのは、ジェラートであった。その少し後ろにはソルベもいて、二人してソーレと同じ様に任務完了後の帰宅である。
 ソーレは見下げるその生き物を、掬い上げるようにして自身の両の手の平の上へと乗せ、ジェラート達へと見せるように振り返った。

「何かいたの」

 可愛いでしょ?と同意を求めるように言ったソーレだったが、ジェラートの意識はそんなものではなく、もっと別のことに瞬時に釘付けになってしまった。彼はそのままに声を荒げる。

「ソーレッ!!」

「えっ!?さ、触っちゃダメだった……?」

 ジェラートのその様に、彼女は軽率な行動を取ってしまったかと焦ったが、その焦りは彼のその比ではない。ジェラートは、ソーレが彼自身が声を荒げた要因に気付いていないことに、その場所を指差しながら言った。

「違う!それ、頬ッ!」

「頬?・・・・・・ぁあ!銃弾が掠めたの」

 そういえば、そんな怪我もしていたな。と彼女は漠然と思ったのだが、ジェラートはそんな暢気なことも言わなければ、行動も取らなかった。

「救急箱!救急箱はどこだッ!?」

 彼は救急箱を欲していた。それの有無も分からなければ、有ったとしても何処に置いてあるのか分からない。だというのに、彼は焦りの言動のままに駆け出した。何故か、バスルームへと。滅多にお目に掛かることの出来ない、ジェラートのテンパる図である。
 ソーレはジェラートの叫び声のようなそれを遠くに聞きながら、のそのそとやって来たソルベへと視線をやった。

「ジェラートは大袈裟ねえ。ね、ソルベ?」

「あぁ。だが商売道具に傷を残すなよ。……で、何を見つけたって?」

「はいはい。ね、この子。可愛いでしょ?」

 ソーレは自身の手の平の上に乗るその生き物を、ソルベにも良く見えるように翳して見せた。が、ソルベは怪訝な表情で眉を寄せて視線を彼女へと合わせた。そしてそのままに尋ねる。

「どいつだ?」

「え?……えッ!?」

 ソルベのその問いに彼女は驚きの声を上げる。が、その声を押し潰す勢いの声量でジェラートが戻って来た。どうやらバスルームには救急箱は無かったようだ。当然といえば当然である。

「ソルベ救急箱何処だ!?」

「知らねぇな」

「役立たずソルベ!」

「ひでぇ……」

 己の恋人へと一つ罵声を浴びせたジェラートは、今度は階段を駆け上がって行った。今度は何処を探すというのだろうか。ジェラートはテンパっている。そしてチームメンバーは部屋の扉に施錠することに疎くなっている。それらが招く結果は、想像に容易い。


「……騒がしいな」

 ジェラートの声と足音が煩い中、がちゃりと開いたのはリゾットの仕事部屋の扉であった。そこから出て来たのも、勿論リゾットである。
 彼はジェラートの声を遠くに聞きながら、ソルベへと視線で問うた。ソルベといえば、ポケットから新しい煙草の箱を取り出し、セロファンを剥がして、取り出した一本を唇で挟んだところだった。その唇で彼の問いに答える。

「あぁ、ジェラートが救急箱探し」

 ソルベの言葉が途切れた。それにソーレはソルベの視線が一点を捉えているのに気付き、その視線の先を追ったのだが、その結果彼女も口を半開きにして呆然とする。

「……どう考えても私より、リーダーに必要だわ。救急箱……」

「おいリーダー、それ……」

「?……あぁ、少しばかり怪我を負った。メタリカで縫合したから大丈夫だ」

 リゾット曰く、少しばかりの怪我は彼の横っ腹に出来ていて、既に彼のスタンド"メタリカ"を用いて縫合されていた。されていた。されていたのだが、それこそが問題であった。そもそもソルベとソーレは、彼がメタリカを殺傷以外の目的で使用するのを見たことがなかった。初見であることも手伝って、いやそれ以上に見た目のインパクトで、二人は顔を顰めるしかなかったのだ。

「何がどう大丈夫だってんだ……」

「どう見ても、大きいホッチキス針が刺さってるようにしか見えない……」

 ソルベもソーレも、二人共同じ様に自身の横っ腹を片手で押さえ込んで、呟くように言った。その様にリゾットは、そういえば二人は師弟関係だったな。と、的外れな感想を抱き頷く。

「ロォォォォオド」

 妙な空気の三人の間に、これまた妙な鳴き声が響いた。その鳴き声を上げたのが、自身の片手の上の存在であると気付いた彼女は、その生き物は鳴き声を上げる生き物なのか、と増えた知識のままに呟いた。

「あ、鳴いた。この子鳴くのね」

 鳴き声と彼女の呟きに反応したリゾットは、ソーレの手の平の上のそれを見て、口を開いた。

「メタリカじゃないか」

「……メタリカ?」

 それは、リゾット・ネエロ、その人のスタンド名ではないか。そうソーレは疑問を浮かべたままに、彼へと疑問文を返した。それにリゾットは否定ではなく肯定を返す。

「メタリカだ」

「……リーダーのスタンドの?」

「そうだ」

「この、可愛い子が?」

「……可愛いかどうかはさておき、そいつはメタリカで、俺のスタンドだが」

 漸く、得た情報をその生き物と結びつけたソーレは、眉根を狭めて溜息の様に言葉と吐息を押し出した。

「えぇー……」

「何ショボくれてんだよ」

「飼えないかと思ってたから……」

「飼えないな」

 ソーレは一度手の上の生き物、というかスタンド、メタリカに視線をやった後、リゾットへと視線をやってもう一度飼えないかと尋ねてみたのだが、飼えるわけもなく勿論返答は同じように、飼えないな。の一言で返ってきてしまった。溜息を吐く彼女。その遠くではジェラートの荒げる声が微かに聞こえている。それに思い出したように口を開いたのは、今度はリゾットであった。

「それはそうと、救急箱が要るのか?必要であれば、メタリカで縫合してやるが」

「お構い無く」

 リゾットのその言葉は確かに親切心からなるものであったが、ソーレは彼の横腹を一視した後で、引き攣った笑みのままに断りの返事を返すしかなかった。擦り傷程度のそれをホッチキスで留められては、堪らない。いや、縫合が必要な怪我をした場合にも、彼には隠し通そう。そう決意をしたのは彼女だけではなかった。ソルベとソーレの二人は、怪我の一つもしていないのに痛む横っ腹を押さえ込むのに忙しい。