わたしはあなたに近づきたい | ナノ






 任務の入っていない三人は昼食は外で済ませて来たらしい。三人という括りでお察しかとは思うが、ソルベにジェラート、それにソーレの三人の事である。
 自分好みのドルチェを食したとあって機嫌の良いジェラートを筆頭に、アジトへと帰宅した後、部屋に帰るでもなくリビングへと彼等が向かうのは、約一名がまだ甘い物を食べるからだ。ジェラートである。甘い物は別腹だ!と豪語する彼の別腹とは一体何処に存在しているというのか。

「フラーゴラ?ピスタッキオ?」

「ピスタッキオ!」

 苺かピスタチオか。その選択肢はフレーバーの種類である。後者を選択した彼は、定位置のソファへと勢い良く腰を沈めた。隙間を空けて静かに座ったのはソルベだ。そうしない内にジェラートの入ったカップを二つ持って隙間に収まるのが、ソーレ。甘い物が足りない者は二人いた。蛇足だが、彼女は苺味を選択したようだ。

「お前等何処に入ってんだよ……」

 ジェラートをスプーンで掬って美味しそうに食べる二人の姿に、ソルベはげんなりした顔を見せた。彼は甘い物が苦手というわけでもなかったが、二人の口の中へと次々と消えていくドルチェ達を見る度に、甘味への好感度がどんどん下がっていくのを感じている。

「甘い物は別腹だ!」

 やはりジェラートが豪語した。甘い物、ドルチェが如何に素晴らしいか、彼はソルベへと力説しながら、隣のソーレのカップから苺フレーバーのそれを掠め取っている。隠す気も無いそれに、彼女も仕返しのようにジェラートのピスタチオフレーバーのそれを、スプーンに山盛り掬って自身の口内へと運んだ。瞼を閉じて口内へと広がる味を堪能する彼女へと、ジェラートは視線をやり、スプーンを加えたままに喋る。

「ところで、ソーレ。ジェラートのフレーバーはチョッコラートが一番好きだろ?」

「うん、好き」

「ホワイトチョコフレーバーも美味いよなァ。好き?」

「うん、好き」

「まあ、ドルチェ、好きだよなァ」

「うん、好き」

「甘い物は大好きってなァ」

「うんうん、大好き」

「リーダァーのことだぁい好き、だろ?」

「うん、だぁい好き。……うん?」

 ソーレは瞼を押し上げてジェラートへと視線をやった。彼はにんまりと唇を吊り上げて、彼女を見返している。そしてその視線をソルベへとやって、吊り上げた唇で言葉をどうだとばかりに紡ぐ。

「だから言ったろソルベ」

「いや、違くないか?さっきのじゃあ、引っ掛けだろ」

 ソルベは片眉を押し上げたまま言った。ジェラートはソルベへと言葉を投げ掛け、それに難色を示されたので、再度ソーレへと向き直る。彼女は空になったカップへスプーンを入れて、それをさらにソファテーブルへと置いた。合っていない視線のまま彼女は問う。

「分かりやすかった?」

「オレは鈍ちん野郎共と違うからなァ」

「は、ソーレ、マジで言ってるのか?知らなかった……」

「聞かれなかったから言わなかった」

「そ、そうかよ。つーか、なぁ……」

 肯定の意を示す彼女の言葉に、ソルベはうろたえたまま呆然として呟いた。ジェラートはそれ見たことか!と得意気だ。ソルベは彼女の言葉を受け留めながら視線をつい、と泳がせたが、ジェラートもソーレもその意味を汲みながらも、気にも留めずに二人で目を合わせた。合わぬ視線のままに苦笑したのはソルベだけ。
 ジェラートも何時の間にか空になったカップを、ソファテーブルへと預けた。金属の味しかしないスプーンは銜えたままだ。

「なァ、ソーレ?」

「言いたいことは分かるけど、私にも分からない」

「恋って奴は唐突だなァ」

「どっちかって言うと緩やかに嵌ったかなあ」

「…………」

「カッコイイ?」

「可愛い」

「…………」

「「やーい、ソルベだけシリアスぅー」」

「ほっとけ」

 明らかに己とテンションの違う二人を呆れた顔で見たソルベは、新しい煙草の箱をポケットから引き抜いた。セロファンを剥ぎながら視線で言えど、その人物から回答を得ることは出来ない。一つ吐いた溜息は、直ぐに煙草の紫煙と混じることになる。
 ジェラートが左手で頬杖を突きながら彼女へと問いを投げ掛ければ、ソーレは右手で頬杖を突きながら彼へと回答を投げ返す。

「返事は欲しいわけ?」

「いらないかな。愛しい人が生きてそこにいる。という状況だけでも喜ばしいもの」

「うん、重いッ!」

 彼女がどういう思いでその言葉を吐いたのかを推し量りながら、彼等はそれを耳に通していた。


 リビングに流れた沈黙の間が十数秒。その間に各々が何を思い浮かべて考えたかは定かではないが、沈黙を破ったのは今の今まで口を閉ざし続けていた彼であった。

「…………ここまでの会話だが、俺がいない場所ですべきではなかったか?」

「「えー」」

 磁力迷彩を纏っていたわけでもなく、三人が来る前からリビングのソファへと腰掛けていたリゾット・ネエロは、ジェラートとソーレの気の抜けるような返事に、視線を逸らして吐息を押し出した。
 片手に持つ書類の活字を追っていたはずの視線が、三人の内の二人があらぬ会話を始めたことで止まっていたのは、言うまでも無い。引き結んだ唇を薄っすら開ける前に釘まで刺された彼は、その時も沈黙を保ったままだったのだ。

「……ソルベ、こっちを見るな」

 何度目かのソルベの視線に、リゾットは漸く彼へと言葉を返した。
 ソルベが最後に投げた視線の意味は同情だろう。己と同様に、ジェラートとソーレに振り回されることになるだろうリゾットへと向けたそれ。彼もそれを察してか、二人は打つかった視線の後に合わせて溜息を吐くのだった。その間も、ジェラートとソーレの桃色な会話は止まることはないままだ。