なれないよ、父親なんて | ナノ






 景色が流れる。だなんていうけれど、これは景色は飛んでいるんじゃないだろうか。幾分昔よりましになったが、未だに荒い運転はギアッチョのものだ。確かに、帰りは急行で。と、告げたがこれはあんまりじゃなかろうか。急カーブと共に跳ねた綺麗に包装された箱がオープンカーの為に置いてけぼりを予感させたが、それはリーダーの手によって阻止された。風圧の為に乱れる髪が口に入るのも構わず声を荒げる。

「ちょっと、ギアッチョ今危なかった!落ちるとこだった!」

「あん!?リーダーが阻止しただろッ!」

「阻止したけども!リーダー,Grazie(ありがとう)!!」

「Prego(どういたしまして)」

 言いながらリーダーはまた一つ、それが落ちるのを阻止している。車席までに溢れた袋や箱の数々は全部お土産。即行で終わらせた任務より、買い物の方が時間がかかってしまったのはしょうがないだろう。これは似合うし、こちらは喜ぶ顔が見れそうだと思うとついつい買い込んでしまう。少々買いすぎじゃないか……?と呟くリーダーも幾つか譲れないらしい物を買い込んでいたしギアッチョだって、苛つきながらもこれもいいんじゃねぇか?と買ってくれた。それらを受け取った時の顔を想像しては、アジトはまだかまだかと待ち遠しい。


「おら、御到着だッ!」

 見事なドリフトでアジト前に駐車して見せたギアッチョにお出迎えの二人、ソルベとジェラートがひゅ〜、と口笛を吹いた。それにギアッチョが舌打ちをした後で、ソルベが車のドアを開けてくれて、ジェラートが手を取ってエスコートしてくれる。二人とも、にやにやとした表情付きで。

「お仕事ご苦労さまァ、マードレ!」

「お疲れ、マードレ」

「あんたらのマードレになったつもりは、ないッ!」

 未だにやにやとするソルベとジェラートを置いて玄関を抜けると直ぐにホルマジオがいた。車にある大量の荷物の運び込みは彼に頼むので言葉もなくよろしく、と手を上げる。それで察したのか彼はいつもの口癖を吐きながらも車へと向かってくれる。ただ、予想よりも多かったのか抗議の声が聞こえてはきたが。

「買いすぎだろっ!?ったく、しょうがねえなーっ」

 その声にふふ、と笑う私の声に重なる笑い声はイルーゾォだ。どうやら今日は鏡から出てきているらしい。彼のおさげの幾つかが取れかけていたり変な方向に向いていたりしていて、彼がお守りに奮闘してたことが伺える。おかえり、と少々疲れた声で言われたこともあって何があったかは容易に察することが出来た。

「お守りお疲れ様」

「……メローネの?」

「メローネの」

「だよね」

 次に進んだリビングで出会ったのは、服を粉だらけにしたペッシだった。大きな手形に小さな手形の模様が付いた服を摘んで困ったように笑っている。そんな彼の姿にこれまた容易く察してしまうのだ。私も困ったように笑って言う。

「やっぱり、大人しく出来てなかったわけだ」

「そ、そんなことないっすよ!良い子にしてたっす!これはメローネが……」

「うん、分かってる。大体メローネだよね」

「よう、お疲れさん」

 分かってる分かってる、と彼の背中を叩いていると、エプロンを外しながらやって来たのはプロシュートだ。この男そんな姿も様になっている。プロシュートとエプロンを見ながら、アジトが甘い香りを漂わせているのを結びつけた。今日は彼の下でお料理教室を開催していたらしい。
 彼は外し終えたエプロンをペッシへと投げ、代わりに手に取った煙草を吸う為にアジトを出るらしい。その気配りにGrazieと言えば、手でひらひらと返された。

「あぁ、あいつらなら、オーブンの前で待機してるぜ」

 その言葉にキッチンへと向かい、気配を消して覗き込む。そこでは愛しい後姿が二つならんで仲良くオーブンを覗き込んでいた。まだかな、まだかな?と待ちきれないようなその姿が言いようも無く愛しくて、ただいまと声をかけたいけれど、もう少し隠れて見ていたくもある。そう覗き見しながら悶絶している私に、影がかかる。

「……覗き見か?」

「ちょッ!リーダー、しッー」

「!」

 慌てて小声で言うものの、メローネには気付かれたようだ。オーブンを覗き込んでいた顔で振り向いて、笑顔満開で両腕を広げている。それにやれやれと私は飛び込んでやった。私を抱きとめながらお帰り。と、耳元でメローネが言う。と、遅れて横っ腹に小さな衝撃。ぎゅっと抱きついてきたその頭を撫でてあげると見せてくれるその満開の笑顔はメローネとまったく一緒だ。二人とも同じようなところに粉をつけて、嗚呼なんて愛しいのだろう!

「マードレ!」

「ただいま、良い子にしてた?」

「もちろん!ずっと良い子にしてたよなあ?」

「うん!」

「パードレは良い子じゃなかったみたいだけど?」

「うん!パードレは良い子じゃなかった!」

「じゃあ、パードレにお土産は無しだねー」

「ねー」

 そういって幼い我が子とくすくす笑い合えば、焦ったように弁解を始めるメローネ。イルーゾォとペッシに悪戯したんでしょ?知ってるよ。
 メローネが話題を変える様に、クッキーを作ったんだ!と言えば、続くようにあれとそれと、こっちの作ったの!と自分が作った分を教えられた。どうやら不恰好なのがメローネ作のようだ。それを上手に出来たねー。と言いながら、そういえば、とリーダーの買っていたものを思い浮かべる。

「リーダーがね、プレゼントがあるって」

「!」

 期待に満面の笑顔を浮かべて、幼い声と共にリビングへと帰っていったリーダーの下へと駆けて行った。それに大きな兎のぬいぐるみを買っていた我等がリーダーの姿を思い出して思わず笑ってしまう。我等がリーダーのチョイスは何時もなかなかに可愛いのだ。

「メーラ」

 名を呼ばれるとほぼ同時に深く奪われるようなキスをされて、嗚呼これはあの子のいる前では出来ないだろうな。と思った。
 名残惜しそうに離れた唇に今度は私から触れるだけのキスをした後、その頬に付いた菓子の粉を拭ってやる。抱きついたままで、ああして遊んだとかこうして遊んだとかお守りの報告を受けてそれにうんうんと相槌を打つ。あれはああすれば良かったのか、こういうときにはこう困っただの。そう言いながら嬉しそうに笑う彼に、私はこの幸せを表現しきれなくなる。

「もう、メローネもパードレに慣れちゃったね」

 そう笑いかければ、彼は私を抱き締める力を強めた。

「慣れないよ、父親なんて」

 そう言ってはにかみ笑むメローネが照れ隠しに降らせるキスの雨も全部全部受け止めて、私は甘い甘い空気を胸いっぱいに吸い込んだ。暗殺者の砂糖漬けだって、ちっとも悪くないじゃないか!私が甘いのかメローネが甘いのか、そんなの夢中になり過ぎてちっとも分かりゃあしない。出来ることならクッキーが焼きあがるまでの間中、やたらと甘い吐息を口付けで分け合いたいのだが、ぬいぐるみを抱いて戻ってくるであろう我が子の足音が遠くに聞こえて、名残惜しそうに唇が離れた。
 掠めた耳元で、

「続きは今夜。それと、家族がもっと増えるのもベリッシモいいと思うんだが、メーラさん?」

 なんて、さ。

「ディ・モールトいいとおもいますよ、メローネさん?」

 まったく、なんて幸せな毎日なのだろうか!


uno,due,tre,fine!
(いち、にー、さん、おしまい!)