なれないよ、父親なんて | ナノ






「おい、メローネと何があった」

「どうして?」

 私はカッフェを口元へと運ぶ動作を止めて、彼とは違う金糸を持つプロシュートを見つめた。
 頬杖を付いて視線は別の店先へと向けたままのプロシュート。その長い脚を組み替えながらハンッ、と私を嘲笑った。私はカップが震えて受け皿と共に音を立てないように、慎重にされど自然に戻し視線をプロシュートへと向ける。

「瞼腫れてんぞ」

「えっ!?」

 思わず触れて確認しようとした指に、昨日は別に泣け暮れたわけじゃあないじゃないかと思い出し、そのまま米神に添えて小さく溜息を吐いた。ちらり、と視線を私へと流してまた店先へと戻したまま彼は続ける。

「表面上は至って平常だ。お前がマンモーナじゃなくて有り難いぜ」

「……どうも」

「仕事に支障がねえなら、説教はしねえさ」

 視線の先の店先から、写真で確認した顔の男がいつもべたべたと一緒にいる女と出てきた。その行く先を確認し間を空けて、私達も席を立つ。プロシュートのリードのままに、彼と腕を組み同じ道を辿る。
 視界の端で父の腕を引く駆け足の少女とそれを穏やかな笑顔で見る母の姿に、マンモーナであったほうが、良かった。と、思った。いいや、それならバンビーナか。
深く考えることもなくそのままに飛び出せる少女なら、良かったのだ。きっと。私もこの子も。

「私ってマードレになれると思う?」

 溜息を吐き出すようにそう呟けば、プロシュートは立ち止まったり思考を止めたりの反応も見せずに、ターゲットの潜った門を同じく潜りながら携帯を取り出して番号を押しコール音に耳を近づけた。直ぐに聞こえる兄貴分を慕う声はペッシだ。受付で鍵を受け取り(―ターゲットの部屋の隣に位置する部屋の鍵だ)エレベーターへと乗り込む。電話先へ場所と時刻を短く告げて切ったそれを仕舞って、扉が閉まり、目的の階へと向けて数字が点滅する。

「お前はいつもメローネなんてでけえガキのマードレだっただろ。あれのinnamorato(恋人)とmadre(母親)をやってのける奴なんて、お前以外いないだろうな」

「……メローネは」

「信じてやれよ、あれを」

 目的の階に到着し開いた扉に私情の口は閉ざし、その代わりに此処で吐くに相応しい言葉と態度で歩を進める。鍵の番号の部屋へと入りドアを閉めて鍵を掛けたら組んでいた腕をするりと離し壁へと耳をつけた。薄い壁だこと。性急なやりとりに反吐が出そう。プロシュートといえば、ベッドに腰掛け煙草を吸い始めるところだ。


 そしてプロシュートが何本目かの煙草を吸い終わった頃、あちら様もどうやら終わったようだ。

「女だけシャワールーム」

 言って壁から身体を離し、そのまま備え付けの冷蔵庫の冷凍から氷を幾つか拝借。腰を上げ、部屋を出ようとするプロシュートへと腕を絡めながら氷を渡す。

 廊下に客はいないようだが、演技は忘れない。部屋を出て閉めたばかりの扉に押し付けられながらも嬉しそうな声を出しておいた。私の右手首を左手で扉へと押し付け、右手は頚動脈へと添えられている。どちらも手の平には氷を隠し持っている。彼は私の皮膚から唇を数cm離したままに輪郭を辿り、スタンド名を小さく呟く。

 ザ・グレイトフル・デッド―偉大なる死―の名を持つそれから放たれるガスが隣の部屋の扉の下を這っていく。まあ、私には見えないのだが。

「よし、行くか」

 良い具合に老化したであろう頃を見計らって身体を離した。発現したままのスタンドに、溶けかかっていても余っている氷を全部受け取りながら、隣の部屋の鍵を解除した。ピッキングだ。素早く入り込み、私はシャワールームへと向かう。ベッドの上で嗄れ声で呻くターゲットはプロシュートが始末する。

 暢気にシャワーを浴びていた女は首への手刀で容易く意識を飛ばした。その身体支えて私はスタンドを発現する。ついでにシャワーの栓を締める。
 スタンド―メモリー・トリックーの腕が伸び、女の頭を鷲掴みにする。女の記憶が私の脳内で現在から過去へと遡る。それらの中から今回のターゲットである男に関するものを一つずつ消去する。私のスタンド能力は、対象の記憶の観察と消去、それだけだ。スタンドの破壊力は残念ながらそこらの一般人並だが、それなりに役に立つ能力。それにしても……結構量がある。疲れる。

 男に関する記憶を全て消し終え、女を支えたままスタンドを解除する。男に関する記憶を消去したこの女を届けるところまでが今回の任務だ。まだ終わりじゃない。
 女へ服を手早く着させて、それと共にシャワールームを出る。プロシュートは携帯を仕舞っているところだった。勿論男はベッドの上で死んでいる。窓辺へ寄り、窓を開け階下へと視線を向ける。此方を見上げている男、ペッシがスタンドを発現した。女からぱっと手を離せばビーチ・ボーイによってその身体は釣り上げられ窓の外へ。

「プロシュートはマンモーニに付き添い?」

「あぁ。お前は直ぐ帰るのか?」

「うん」

「そうか、頑張れよ」

 来た時と同じように腕を組み部屋を、ホテルを出る。自然と通りで別れて、私の方はアジトへ帰ることにした。
 路地裏に転がる空き缶を蹴飛ばしながら、苦虫を噛み潰したような顔で唸る。いったい、何をどう頑張ればいいんだ。足取りは重いっていうのに、アジトへ向かう足を止めることが出来なかった。