暗殺チーム | ナノ






 ジェラートは同性愛者ではなかった。彼は心中で自身へと問い掛けて、そして答える。やはり、彼は同性愛者ではないらしい。だとすれば、とジェラートは心の内で呟きまた脳裏に人物の姿を思い描く。それは一人の青年の姿。名はソルベ、彼はジェラートがここ暗殺チームへと入る前から既にそこにいた所謂古株で自身の教育係にもあたる人物である。ジェラートは溜息を吐く。これは心中ではなく実際吐いたものだ。
 ジェラートは自身の頭を抱え込むようにして、ソファに沈む体を腰の辺りから折って困惑を示した。重く、長い溜息。どうやらもこうやらもジェラートはソルベ、その人に思いを寄せている。もっと直球に言うと恋、恋だ。恋をしているのだ。直接的に言えば彼相手に性的欲求興奮を覚えるということだ。
 頭痛を覚えたように自身のこめかみの辺りを指の腹で擦り下ろしながらジェラートが次に脳裏に思い描いた人物、それは女性で名はナマエ。彼女もまた暗殺チームのメンバーでいて古株。またソルベと共にジェラートの教育係であり、恋人である。誰の。そりゃあ、ソルベの、である。ジェラートは自身の脳裏で並べ立てた事柄に背を反らせて仰け反った。

 そんなジェラートの姿を目撃してしまったのは事の中心となる人物、ソルベである。彼はリビングに足を踏み入れた瞬間にジェラートの仰け反りを目撃してしまったことに大いに驚いたようで目を見開いた。普段のジェラートには無いような焦りと困惑の表情まで見てしまっては教育係としても彼の悩みに踏み込まないわけにはいかない。そう短い間に結論付けたソルベは一度頷いてからジェラートの座るソファへと歩を進めた。

「どうした、ジェラート」

「!」

 ジェラートの肩が跳ねる。少し吊り上がった彼の目は今の今まで気付かなかったとソルベへと勢い良く向けられる。そうして勢いのままに開いた彼の唇は彼自身でさえ予期せぬままにその言葉を放り投げるように吐き出したのだ。

「オレ、ソルベのこと好きみたい……!」

 リビングには沈黙が漂った。その波間に顔を青褪めさせたのはジェラートで、ソルベは何時も通り感情の読み取れない顔で口を詰むんでいる。ジェラートは内心で頭を抱える。そりゃァ、フられるどころか拒絶されること間違いないだろう!彼は心中で叫び声を上げた。
 時間にすれば十秒程度の短い間、それでもジェラートにしたらそれはあまりにも長い、一生分かと感じるぐらいの間の沈黙。それを破ったのは鼻で笑ったソルベだった。驚きと共にソルベの顔を凝視するジェラートは彼が確かに悪くない意味で笑んでいるのを確認出来た。

「そうか……」

「いや、そうかって……つまりどういうことか分かってるわけ?」

「分かってるつもりだが」

「人としてってぇ話じゃァないよ。勿論、ソルベのことは一人の人間としても好きだけどさ」

「分かってるつもりだ」

「えー、……ナマエは?」

「何がだ」

「え、いや、だって二人はデキてるでしょ」

「あぁ、勿論そうだが。そっちか……」

「何、そっちって」

「いや、てっきりジェラートはナマエの事を好きだと思ってたんだ」

「!」

「違ったか。まぁ、俺は鈍いからな、こういうことに」

「いや、まァ、外れてもない、けど……」

「ほう」

「…………」

「イイんじゃねぇか?」

「え!?」

「……駄目なのか?」

「いや、聞かれても困るけど……」

 何かが妙だ。ジェラートは拒絶の意を見なかったことに喜べばいいのかよく分からないといった複雑な表情を浮かべながらソルベへと視線を送った。やはり、彼は嬉しそうであった。ソルベへと思いを告げたと同時に他にも思いを馳せる相手を告げた。それも相手の恋人である人物に。そうであるというのに何だこれは。ジェラートは訳が分からぬままに口辺を引き攣らせた。

 微妙な空気が流れる中にふらりとやってきたのはナマエで、彼女はジェラートを見た後視線をソルベへとやってから小首を傾げて笑んだ。

「あらソルベ、嬉しそうね」

 彼女の言葉に返事を返したのはソルベで、その口から飛び出したものにジェラートは内臓を口から吐き出すかと思ったほどに驚愕した。

「ジェラートから告白された」

「!?」

「まあ!」

 両の手の平を合わせて声を上げたナマエ。ジェラートはぽっかりと口を開けてから捲くし立てるようにしてソルベに言う。

「普通言うか?なァ、普通言うか!?」

「普通言うだろ。……言わないか?」

 ジェラートの焦りなど露と知れず。ソルベは自身の行動の是非をナマエへと尋ねてみた。顔を向けられた彼女は下唇に人差し指を添えるようにして首を傾げて反応を返す。

「さあ?でも良かったねえソルベ。羨ましいわ」

「……ハ?」

「いや、ジェラートはお前のことも気になるだと」

「えっ、ほんと?」

「何言ってんの。いや、マジで何言ってんの」

「いや、報告しといた方がいいと思ってだな。……駄目だったか?」

 ソルベはこれもまたナマエへと確認を取る。思わず唾を飲み込んで身構えたジェラートが移した視線の先では、やはり変わらずの笑みを浮かべているナマエがいた。

「いえ、全然。私としては報告されて大いに感謝よ!」

 そう言った後に自身の両の頬に手を当てて、今日の夕食は豪華なものにしましょうか。おめでたいものね!とはしゃぐナマエの姿を目に映せばジェラートの困惑は最骨頂に達する他ない。

「――ッ二人は!」

「うん?」

「どうしたジェラート」

「二人は何か変だと思わないわけ?」

「えー、……と、どの変がかな?」

「俺に聞くな」

「男の!オレが!ソルベを好きだって言ったり!それと同時にナマエが好きだって言ってることがさァ!!」

「……うーん」

 思わず詰め寄ったジェラート。彼を前にしたナマエは困ったような声を上げてから、隣のソルベを見上げた。またソルベの視線はナマエを見下ろす。そうしてからジェラートの方に向き直った彼女が口を開いた。

「そもそも、ジェラートの教育係に願い出たのは私達だし?」

「それはひとっつも答えになってないじゃァないか」

「うーん、……私とソルベってね、これでも排他的なんだよ?私はソルベがいれば他にいらないし寄せたくない。ソルベも、」

「俺もナマエがいれば他にいらねぇな」

「うん、ありがとうソルベ。そんな私達が願い出たんだんだよ?リーダーに頼んだんだよ?後は察してくれるよね?ジェラートは」

「……え、ええ?」

「下心有りだ」

「有り過ぎたよねえ。でもそれが良かったみたいで良かったねえソルベ」

 一人混乱するジェラートに交互にハグするナマエとソルベは悪戯が成功した子供のような笑みを見合わせた。目を白黒させるジェラートの様子などお構いなしで夕食について議論しだす二人。ジェラートがこの二人に慣れるのもそう時間は掛からないだろう。二人の計画はそう、彼が暗殺チームへとやってきた時から既に始まっていたのだから。
 そうしてリッチに外食の選択肢を選んだナマエとソルベは固まっているジェラートへと改めて視線を向ける。

「今後ともよろくしね、ジェラート」

「よろしく」

 悪戯な笑みに唇を吊り上げた。


(愛を知る)