暗殺チーム | ナノ






 少々、手間取ってしまった。怪我を負う事は無かったが、その所為で予定していた帰宅時間を大いに過ぎてしまったことに、俺は深い溜息を吐く。借りたアパートへと向かうその足取りが重いのは気分の問題ではなく、ここ数日に亘るハードな任務に因る疲労の所為だ。そういえば、腹も減った。今日は何を口にしたっけ?あぁ、そうだ。何も口にしていないじゃないか。急に入った任務の為に朝食さえ取れなかった。

『Pronto(もしもし)』

 空腹を訴える声もそのままに、ワンコールした電話の先で発せられるその声に口を開く。

「今、帰ってる。無事任務完了」

『鈍間ね』

 俺の告げた言葉に簡潔に返した彼女とそこで通話は終了した。随分と素っ気無いようなこのやり取りの相手、彼女の名はナマエ。所謂恋人。同じ暗殺チームに所属する彼女との馴れ初めについては今夜は置いておこう。
 空きっ腹に夜風が冷たい。重い足取りで俺は帰路をへろへろと急いだ。


 開錠し踏み込んだ室内は暖かかった。何時も以上に破棄の無い声で帰宅を告げれば、彼女が満面の笑みと共に飛んで来る。……わけでもない。ふらふらと歩めば、cucina(キッチン)に彼女の背を見つける。その背のままの彼女にdoccia(シャワー)を勧められ、素直にふらつく足でbagno(浴室)へと向かった。俺、血の臭いがする。当たり前だけどさ。


 疲労までも一掃出来なかったにしても、大分晴れやかになった気分で終えたdoccia。まだほんのり湿った髪の水分をタオルへと吸い込ませながら、俺は部屋に漂う匂いにくんくんと鼻を鳴らした。酸味を孕んだそれは、pomodoro (トマト)が加熱された匂いだ。
ひょこっと、そこを覗き込めば料理は皿へと乗せられるところだった。

「Amatriciana?」

 聞けば彼女は答えるでも無く、料理の載った皿を二枚俺へと突き出してきた。勿論俺はそれを受け取ってテーブルへと運ぶ。空腹の俺にそれは途轍もない魅力を視覚、嗅覚を持って告げてくる。

 あぁ、そういえば急な任務へと出る前に、俺は深く考えずにひとりごとのつもりでこれが食べたいと言ったじゃないか。ぽつり、と俺が零したそんな言葉を彼女は拾い上げていたんだ。
 にやける口のまま皿を置いた俺はナマエへと振り返り、察した彼女のグラスを持った両の手だけが避けた。俺はなんの躊躇もなくナマエを抱き締める。

「Grazie(ありがとう)」

「……Prego(どういたしまして)」

 照れる彼女がそれを隠すように、料理が冷めるから。と言うので、名残惜しくもあるが先に食事を頂戴することにした。本日初めての食事になるそれは『美味い』の一言に尽きる。

「美味しいよ」

「私が作ったんだから当たり前でしょ」

「うん、美味しいよ」

「……黙って食べたら」

「ナマエ、好き」

 俯いた彼女は頬をそめてまるでポモドーロだ。その頬に口付ける時はamoreを囁こう。


(amatriciana)
(トマトソースに豚脂身、玉ねぎ、ペコリーノチーズ)
(最後に俺への愛情を加えたそれ)