暗殺チームアジトは今日も騒がしい。各々寝泊り出来る場所を持っているというのに、時間があればアジトに屯する。 個人に分け与えられた部屋がある為に余計に屯する。それは別に悪いことでもないが、やたらと陽気な雰囲気を孕むそこは肩書きとは不釣合いだった。
誰が言うでもなく集まった非番組。やがて一人が腹が減った。と漏らすと残りの面子も口々に空腹を訴え始める。お前が作れ。と視線が言えば、食欲はあるがやる気が無い。と口が返す。だったら俺が作るッ!と挙手して言えば、おまえはcucina(キッチン)に近寄るな!と荒らげられる複数の声。誰だって『安全で美味い食事』に有り付きたい。
メンバーが騒ぐ中、唯一静かに読書に勤しむリーダーたる男、リゾット・ネエロは活字から視線を上げた。
「Eccomi qua!(ただいま!)」
仕事柄消された気配のままに快活な声で帰宅した彼女、ナマエはリビングに集まる面々をぐるりと見渡す。騒がしかった男達は一旦口を噤んだ後、各自が希望の品の名を口にする。
「Genovese」
「Bolognese」
「Carbonara!」
「Arrabiata」
「……Pescatora」
それらを聞いて困ったように笑った彼女の後ろから荷物持ちをしていた男、ペッシが現れる。彼から材料の入った袋を受け取った彼女はそれを少し掲げて、申し訳なさそうに献立の内容を口にする。
「……vongole bianco」
何人かが当て外れた答えにぶつくさ言ったが、みな所望した『安全で美味い食事』に有り付けることを約束され喜色をあらわにしていた。
腹を空かせた男達の為に彼女の背は慌しく台所へと消える。また始まった騒がしい会話を他所に、リゾットは読みかけの本へと栞を挟んだ。それをサイドテーブルの端へと置いて、立ち上がったままに乾いた喉を潤そうと向かう。
「リーダーッ!?」
不意に現れたリゾットに彼女は驚き、持っていた小さな箱を取り落とした。剥ぎかけた綺麗な外装から中身の覗くそれが地に落ちる前に受け止めたリゾットはそれの名を口にする。
「……ciocolata?」
小さな箱に四つだけ上品に並んだそれは何とも高そうだ。そして、今まさにそれを摘まもうとしていたナマエは、摘まみ食いをしようとしていたところを親に見つかった。ような心境。受け止めたそれを手渡しで返した彼に彼女は困ったような顔を向ける。
「……美味しそうで。それに、私もお腹空いてたんです」
リゾットは弁解のようなそれを口にする彼女に、別に非難もしていないし怒っているつもりもないんだが。という視線を向ける。が、彼女は勿論気付いていないし、その視線の意味を間違えて解釈したようだ。
「……あ。口止め料ですね?はい、どうぞ」
彼女は並んだ内の一つを人差し指と親指で摘まみ上げ、彼へと差し出した。個包装のされていないそれは滑らかな表面に食用花の砂糖漬けが飾られている。
差し出されたそれをリゾットが観察して数秒。一向に受け取らない彼に彼女は小首を傾げる。それを見て漸くリゾットは腕を動かした。彼は差し出された彼女の手を取り、彼女の手を使ってそれを口内へと運んだ。
「……甘い」
一言感想を述べる。そして彼は此処へ来た当初の目的通り冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出した。彼が振り返った先では彼女が僅かに赤い頬で飾りの違うそれを食している。彼女も彼と同じように……甘い。と呟いていた。
並んでいるのは残り二つ。腹を空かせたメンバーには悪いが、と思いながらも彼は彼女へと近付きその名を囁く。
「……ナマエ」
昼食が僅かばかり遅くなるのも知らぬままに、リビングで腹を空かせて待つ男達は騒がしいばかりだ。
(Segreto mangiando)
(-つまみ食い)
(-秘密を食べること)