暗殺チーム | ナノ






 人間がぼろぼろと空へと落ちていく。空は深く、どこまでも続いているから、まるで底なし沼のようだ。運が悪い者達は、悠々と在る太陽に焼かれて身を焦がしている。まったく、不幸な奴等だ。
 落つる人々の合間を縫うように、雨が降る。一つの雨粒が蛙の頭をぼちゃんと打った。黄緑色の雨蛙にドット模様が付く。蛙はそれに不似合いな獣の雄叫びを轟かせた。暗殺チームアジトにある自室の窓からそれを見ていた私の鼓膜まで、それは震わせる。窓硝子が割れないのが不思議なくらいの衝撃に、両手で自身の耳を塞いだ私は、引き続き窓際に身を寄せて外を覗き見る。先程の蛙の鳴き声を終末のラッパと勘違いしたらしい天使が数人逆様に現れた。が、直ぐに踵を返して帰って行く。その先に天国があるのだろうか。ちっとも着いて行きたいとは思わないが。

「ナマエ、頭でも痛いのか?」

「別に」

 逆様になったままの活字を視線で追うイルーゾォが、私へと問い掛ける。それにそっぽを向きながら答えた私。青い鳥が飛んでいくのが見えた。童話だったか何かで、読んだような気もした。何処からか飛んで来た釣り針が、青い鳥の目の前へと躍り出る。愚かな鳥は恐れも知らずに、ぱくりとそれに喰い付いた。掛かった!私が思うと同時に声を上げたのはペッシだ。彼は外にいたために、私に彼の声は聞こえなかったが、確かにそう声を上げた。チェーナは鶏肉を使った何かになるらしい。

「今日は魚が良かったな」

「予定は何だって?」

「鶏みたい」

「ふーん。ま、俺には関係無いね」

 似非菜食主義者が興味無さ気にそう言って、また活字を視線で追い立て初めた。その本、反対じゃあないか。そう言ってやろうかと思って、止めた。その代わりイルーゾォが好んで食す白く四角い立方体の、そう、あれは、なんていったっけ……?あぁ、そうだ、トーフ。それをメローネにでも打つけて消費してやろう。アジトの冷蔵庫に犇めき合っているそれは、邪魔で仕方ない。この間だってリゾットが、作ったパンナコッタを詰込めずに途方に暮れていた。冷え固めることの出来なかった液状のそれは、珍しく朝から一回もキレていなかったギアッチョの喉を滑り落ち、やがてボチャンっと胃の中に飛び込んだのだ。嗚呼私は、良く冷えた、パンナコッタとして完璧に出来上がったそれを、食べたかったというのに!

「あぁ、そうだ」

「なあに?」

「メローネが」

「メローネが私の最近買ったばかりのワンピースを着て出て行ったって?」

「そう」

 窓から見える景色で、話題の人物は白いワンピースの裾をヒラヒラと躍らせながら、蛾を追いかけている。ポツポツと降る雨粒で水玉模様にされるから、止めて欲しいのに。人の気も知らないで、メローネは私へと手を振ってくるから、立てた親指をまっ逆様にしてやった。それに嬉しそうな反応を見せる彼は、間違い無くメローネその人だ。
コンコンッとノックの音が響く。はぁい。だなんて返事を返す間も無く、扉を蹴破ったのはプロシュートの足だ。彼の長い足を視線で辿った私の眼へと、それは飛び込んだ。まるで、ボールを蹴ったら道路に転がったから取りに行きましたよ。という具合にそれは飛び出してきた。私は車の運転手だ。ペーパードライバーにもなれないけれど。

「プロシュートは女の人になっても綺麗だね」

「はぁ?オレが何時、男だなんて下等な生物になってたんだ」

「あーれ?」

「ナマエは今日、脳味噌の具合を拗らせてる」

「成る程な」

 遠くの方からプロシュートの姉貴ぃ!だなんて呼ぶジェラートの声がする。声は小さいがソルベも一緒のようだ。世も末。私は外の景色を映す窓へと向き直った。プロシュートの姉貴は何の用件も言わずに出て行ったのだが、何事だ。

「いったい誰のスタンド能力なんだか」

 こんな世界にしてくれちまって、まったく。

「なあ、ナマエ」

「イルーゾォ、なあに?」

「俺さ、ナマエのこと好きかも」

 そして世界は崩壊した。




「ナマエ、ナマエ」

「……はあい、イルーゾォ」

「生きてる、な。心配したよ。あぁ、動くなよ。ぽっかり穴が空いてるんだから」

 イルーゾォの長い髪が、自身の顔に掛かって鬱陶しい。それでもそれを払い除けようにも、肩に空いた穴の所為で、適わない。血がドクドクと流れているらしかった。イルーゾォの手が私の血で濡れているのを確認出来る。ターゲットは?と、聞けば、始末したよ。ナマエがね。なんて返事が返って来た。覚えてない。覚えてないが、つい先程まで見ていた夢の内容は細かく覚えていた。覚えていた私は、イルーゾォへとこう言った。

「私、イルーゾォのこと好きかも。…………そういえば、ホルマジオは回想にさえ見つからなかった。どうせ小さくなってたんだ」

 別に世界は崩壊なんてしないし、慌てたように返事の言葉を返してくるイルーゾォが菜食主義者でもなんでもないことを、私は知っている。




(夢見がち少女はもう止めた)