暗殺チーム | ナノ






 深夜、任務完了後アジトに帰って来た俺はリビングに人の気配を感じた。扉の隙間から光が漏れ出ていないことがそこが暗闇に囚われていることを示しているが、灯りのついていないそこからは確かに人の、それもよく知った気配を感じる。
 躊躇することも必要無いままに扉を開けそこへと足を踏み入れると、室内を見渡す事もなく気配の持ち主が直ぐそこにいた。三人掛けソファの端に横向きで三角座りをして、タオルケットを頭から被っている彼女、ナマエ。入って直ぐで立ち止まっていてはその背中しか確認出来ない為に、俺はさっさとソファの手前まで歩いた。ナマエは被ったそれの間から唸り声を漏らしている。

「……ナマエ」

「っあ、すいません。煩かったですね」

 今俺に気付いたとばかりに言葉を返してきたナマエのそれの隙間から覗く目は冴えているようだった。ただ唸っているその様から冴えているのは目だけだというのが分かる。

「いや、俺は今帰ってきたばかりだ。……大丈夫か?」

「大丈夫、です」

「……そうは思えないんだが」

 俺がそう言えば、ナマエは押し黙ってしまった。人が二人いるというのに静かな空間は、逆に静寂が耳に付くように感じる。俺が見下ろしている彼女は身動ぎ一つしないままの数秒間の沈黙の後に言った。

「あたまがいたいです」

 それは唸る様な呟きだった。

「体調が悪いのか。薬は飲んだのか?」

「違くて、あたまがいたいのは、なんていうか……」

 抱える膝をぎゅっと、さらに自身に寄せるナマエ。そのままに聞き取り難い呻き声の呟きを数個漏らしている。合間に俺に就寝を勧めて来るが、その膝に眉間をくっ付けて唸って溜息までも零す彼女を放っておくことなんて出来ないだろう。
 ソファの空いたスペースへと俺が腰を沈めると、ナマエはそれにも小さく呻いた。そしてぽつりと零す。

「嫌に、なります」

「……任務が、か?」

「いいえ」

 自分自身です。と弱々しく言ったナマエ。

「……夜は特に、自分が嫌いになります」

「……嫌い?」

「何がどうって、上手く言葉に出来ないんですけど自分のことが嫌で嫌で堪らなくなります。嫌いに、大嫌いに只管なります」

 言い切ったナマエは被っていたそれをさらに被り込んだ。強く食い込ませた彼女の指で布に深い皺が出来ている。俺はその指を見て瞬きの後に、その布越しに彼女の頭を撫でた。出来る限りの優しさを込めて。すると驚いたのか食い込ませていた指の力を緩めたので、サッと俺とナマエとを遮るそれを取り去ってしまった。やはり青白く顔色が悪い。
 漸く遮る物無しで目と目を合わせることが出来た。ナマエの目には俺が映っているのだから、俺の目にはナマエが映っているんだろう。

「……俺はお前が好きなんだが。そんなに自分を嫌ってやるな」

「……え?」

 ぱちぱちと瞬きをして驚くナマエ。未だにお互いの目に映るのはお互いだ。それで良いんじゃないか?余計な事は、考えなくても。
 俺の言葉を理解しようとしているナマエ。その額に口付ければ、発した音を境に彼女は青白かった頬を紅潮させた。色付いた頬へと手を添えて、口付ける為にもう一度距離を詰める。但し、今度は驚きで薄く開かれているその唇へ。

「……ッ」

「冴えている目ではこんな時でも瞑れないか」

 触れるだけに留めたが漸く俺を意識してくれたナマエを見ていると、どうにも抑えが利きそうに無い。横目で見た時計は深夜の時刻を指し示している。立て込んだ任務だって有りはしない。ナマエといえば俺を拒絶するどころか、その指を今度は俺の服へと食い込ませている。一つ一つの事柄が俺を急かすばかりだ。


 深夜は自己嫌悪で忙しいようだが、それならいっそ考えるのは俺のことだけにしてくれ。


(深夜は自己嫌悪の時間)