暗殺チーム | ナノ






 任務の予定も無いなんとも平凡な昼下がりを、私はアジトのリビングで過ごしていた。
 ソファテーブルへは商売道具のナイフ、銃を所狭しと並べて……なんて、嘘だ。テーブル上にはカッフェの入ったカップがちょこんと在り、それのソーサー、そして偶々見かけて買った、紅茶葉を混ぜ込んで焼いたらしいクッキーが乗った小皿だけ。小難しい物なんて一つも無い。穏やかなシエスタを過ごすのに必要なのものといえば後は、お堅いことばかりを書いた書籍だろうか。五分として読書に励むことなく、睡魔に眠りの淵へと引き擦り込まれることだろう。しかし残念ながら、私はそんな頭痛の種になりそうなものを買った覚えはないので、そこは妥協しよう。

 小ぶりなクッキーを一枚口内へと放り込めば、なるほど美味しい。程好い紅茶の香りを広げるそれに目を細めながら、カッフェを啜る。こちらの豆はペッシが何時もと違う店で買って来たものなのだが、これもなかなか美味しい。後で何処で買ったのか、聞いておかなければ。
 ついでにペッシといえば、キッチンでチェーナの仕込みに勤しんでいる。彼の作る料理な美味しい。特に魚料理といえばチーム内でも一位を争うだろう。争う相手はリーダーだ。シチリアは魚料理が美味しいからなあ。


「好きだ」

 今夜の献立に思いを馳せる私の耳に飛び込んできたのは、プロシュートの声だ。そうだ、説明に遅れたが、彼は私と向かい合ったソファに座り込んでカップを傾けている。勿論、私だけが食べるわけにもいかないので、クッキーは同じ様に小皿に出しておすそ分けをした。と、そんな彼がなんとも唐突に吐いた言葉に意識を向けた私は、小首を傾げた。芳ばしい珈琲豆の香りが鼻腔を擽り、そちらにも意識を向ける。つまり、どちらが好きなのだろうか。

「どっちが?」

「……どっち、っつーのはどういうことだ?」

 彼が疑問文に疑問文を返すのは珍しいことだと、私は今度は反対側へと首を傾げた。プロシュートの眉間には皺が出来ている。

「カッフェかクッキーか」

「何でその二択なんだよ」

「他に無いから?」

「オレの目の前にはオメーがいる」

「奇遇だね。私の目の前にはプロシュートがいるよ」

 綺麗な顔を顰める彼を他所に、私はカッフェをまた啜った。人差し指と親指で挟んで摘まんだクッキーは、口内へと運ぶ動作の途中でぼろりと崩れてしまった。と、いうのもプロシュートが私の腕を行き成り掴んだからだろう。

「クッキー勿体無い」

「ナマエ、分かって言ってんだろ」

「分からないよ。ちゃんと言ってくれないと、ね?」

 欠けたクッキーへと無念の視線を送った後は、眉根を寄せる彼と視線を交わらせた。幾ら顰めても、なんとも端正な顔立ちだこと。

「ナマエ、お前が好きだ」

「奇遇だね。私もあなたが好きだよ」

「……食えない女だな。オメーはよ」

「それはどうでしょうね。だって、プロシュートは食べてくれるでしょ?」

 そう言って欠けたクッキーを彼の唇に押し付けて微笑んだら、その指ごと彼の口内へと迎えられて、穏やかなシエスタは到底過ごせなくなったわけで。
 ぐいっと近づくプロシュートに、私の視界は彼でいっぱいになったけど、気持ち的には随分と前からプロシュート以外見えてなかったから、何も変わらない。

「たんと召し上がれ」

 互いの吐息が唇にかかる距離でそう言えば、いただきますの合図のように、唇が重ね合わされた。きっと彼なら、小骨一つ残さず食い尽くしてくれるに違いない。そして最後にぺろりと舌なめずりをするその表情は、きっと世界中の何よりも美しいことだろう。

「甘い」

「胸焼けしそう?」

 私といえば随分前からあなたの所為で胸を焦がしているのだから、胸焼けなんてそんなもの、今更だって笑ってやるのだ。
 穏やかじゃないシエスタも悪くない。そう呟けば、私の余裕を浮かべる唇は彼に再度奪われるのであった。


(美丈夫の食事)