暗殺チーム | ナノ






 はぁ。と、私は溜息を一つ吐いた。
 目前には種類、形様々な、それこそ芸術の域に達したドルチェが所狭しとテーブルの上を占拠している。そのどれもが酷く食欲をそそり、「ワタシヲ食ベテッ!」と誘惑してくるのだが、如何せん胸につっかえがあり、私の口はそれらを受け容れるどころか溜息をまた一つ吐き出すばかりだ。甘い物が嫌いなわけではない。寧ろ好き。大好き。愛してる。大好物の彼等、彼女等を嫌いになったわけではないのだ。そう、憎んでいるのはその身に宿しているであろう"カロリー"その存在なのだ。

「具合でも悪いわけェ?」

 彼の声にドルチェを伏目で見る顔を勢い良く上げて、首を左右へと振った。
 彼、ジェラートさんは友人である。彼との出会いななんとも不思議なもので、その日もこうしてテラス席のテーブルへ腰掛けて、占めるドルチェの皿を前にしていた。あの日は今日のように食欲を抑えることもなく大好物のそれらをぱくついていたのだが、そんな私に通行人の彼は立ち止まりこう言ったのだ。「あんた良い顔で食うな!」褒め言葉らしいそれに「どうも?」と返して一言二言、その後何故か相席した彼と話に花は咲き意気投合。気付けば友好関係を築き上げ、週に一回の女子会らしきものはお決まりとなっていたわけだ。

「悩み事だったら相談に乗ってやらないこともぉない」

「やぁ、悩み事っていうか、いや悩み事なのかな……?」

「あーあ、眉間に皺作っちゃってさァ」

 ティラミスを口に運びながら頬杖をつくジェラートさんを見返して、私はぽつりとその単語を口にした。

「……ダイエット」

「は?」

「…………」

 数秒の間がなんとも居心地の悪い。一文字を吐き出した彼。そりゃあそうだろう。今まで何の迷いもなく大量の甘味を限りなく摂取してきた女が今更なそんな単語を口にして、悩んでいるのだから。
 私は視線を通りにやりながら深い溜息を押し出した。

「いらないでしょ。そんなの」

「……えー」

 視線を彼へと戻すと、ジェラートさんは至って普通のことを吐いたとばかりの表情でそう言っていた。いやいや、お世辞なのは身に染みて分かっていますのでいいんです。私は身を屈めると余計に気が滅入ってしまうその贅肉を見下ろして溜息を吐き出すしかない。

「ガリッガリの鶏の骨みたいになりたいわけぇ?」

「いえ、そこまでは」

 綺麗にはなれなくても、せめて痩せたい。そして……。そう思ったのは彼への淡い恋心を自覚した最近だった。
 気づいたら同性の友人辺りの認識だったジェラートさんが、異性としてのそれへと変わっていた。しょうがない、しょうがないのだ。彼は友人としても素晴らしい人で、あまりにも素敵な人で、思い人に昇華したって何ら可笑しくはない人だったのだ。まさか、ドルチェが一生の恋人であると決めていた私が恋をするなんて、笑える話。

「まァさ、止めはしないけど無理なそれだけはするなよ?絶食だとか、倒れちゃあ本末転倒ってぇやつだ」

「健康的に痩せるよ。そりゃあね」

 手始めに間食を抑えて、元よりハードだったお仕事に本腰を入れようと思ったぐらいだ。週一の彼とのそれが削られるなんて、それこそ本末転倒だったのだけれど。
 でもその後にジェラートさんも仕事が立て込むらしく暫くは会えなくなることを詫びられて、必死に首を振りながら自分も同じ身であることを説明した。そういえば彼の職種は知らない。けど同様に彼も私の仕事関係のことは知らない。

「また都合がついたらお茶しようぜ」

「喜んで!」

 微笑むジェラートさんに胸がきゅんとした。


 それから数ヶ月。ホントに仕事がハードで、私は見る見る間に痩せた。なんだ最初からこうすればよかったのかと頷くばかりだ。好物のドルチェのカロリーもあっという間に消費してしまう裏の仕事を受け持つ毎日の私に、お声は掛かった。最近良く聞く様になったそれはとあるギャングの名で、情熱の意を持つその組織へと何時の間にか私は身を置かざる終えなくなったのだ。あぁ多忙。


 さらにそれから一週間。何故か私は暗殺チームへと配属されることとなった。暗殺チーム、だ、と?その響きに形だけ恐れ戦いた私は思い人との接触を図る時間をさらに取れなくなることを、嘆くばかりだ。
 なんだか、油断すれば呆気なく死んでしまいそうなところに所属してしまった。が、私は早々に死んでやる気も無い。何だって私には愛しのジェラートさんに告白するという大仕事をまだやってのけてないのだから。


 暗殺チームのリーダーを務めているらしい男―名を、リゾット・ネエロというらしい―と、一足早く対面し、彼の運転でアジトであるらしいそこへと向かう。車内で一言二言話される世間話という名の物騒な話を交わしながらも、私は頭の片隅で常にジェラートさんのことを考えていたわけである。


「新人を連れて来た」

 アジトのリビングらしいそこへと先に入って言ったリーダーの言葉に、室内にいるであろうメンバーの数人分の声が上がる。その直ぐ後に吐かれた入室を促される言葉に私は、ひょこっと扉を潜りつつ頭を下げて、腰低くありがちな挨拶を口にする。

「ナマエといいます。よろしくおねがいします」

 下げた頭を上げつつ、これから同僚となる人物達の顔を見るべく室内をぐるりと見回した時、衝撃が走った。

 それは主にソファの上で接触する二人の男、の内の片方の男を見た時だった。まどろっこしいことは言わない。その男が私の思い人である、ジェラートさんだったことが私に大きな衝撃を与えたのだ。そしてそれはもれなく第二波を引き連れてやって来た。

 私はジェラートさんにいち早く気付いて凝視していたのだが、彼は私には微塵も気が付いてはいなかった。視線は接触している、絡み合っている男が独り占めしていたわけだ。そしてジェラートさんは私の視線の先で、その男と熱い口付けを交わしたのだ。マジでか。

「……死のう」

 挨拶の言葉の後にそんな言葉を吐いた私に、ソファの上の二人以外はぎょっとして目を見張ったのだが、そんなの関係無い。嗚呼もう、

「誰か殺しておくれ!」

 顔を両手で覆い絶叫に近い言葉を吐き出した私に、数人のメンバーが騒がしくなり、室内の様子に漸く関心が向いたのかソファの二人がこっちを向いた。私は覆った手の平の隙間から涙ぐんだ目でジェラートさんを恨めし気に見つめる。

「「何事?」」

 だなんて、二人で声を揃えていうものだから私は子供のように大泣きする他には無かったわけだ。

「おいおい、暗殺チームに配属されたからって、そんなに悲観的になるこたあねぇだろ?」

「ちがっ、違いますよッ!」

「何でもいいんだが、兎に角泣き止んでくれ」

「ええ、どうでもいいんでしょうネッ!笑えばいいさ!馬鹿な失恋をした私をっ!!」

「失恋。……プロシュート?」

「身に覚えはねぇな」

「ねぇ、何で新入りちゃんは号泣してるわけ?オレ等の知らない内になんかあった?」

 私を"新入りちゃん"だなんて呼称するジェラートさん。異性として意識されてないならまだしも、友人としてもその心中に入り込めなかったわけですか。笑えます。笑えてきますね、ジェラートさん。

「っじぇらーとさんのばーか!!!」

「「「……お前かよッ!?」」」

「はァ?」

 本気で分からないといった風に疑問符を浮かべるジェラートさんに、私の涙は溢れるばかりだ。なんの為に頑張って痩せたというんだ。こうなれば自棄食いだ。自棄食いと相場は決まっている。膳は急げ。早速と踵を返しながら叫ぶように私は言った。

「ちょっとドルチェ食い荒らしてきます!」

「待て、早まるんじゃない」

「失恋の痛手なら俺が癒してあげるよナマエちゃん!」

「……ちょい待ち。メローネ、なんつった?」

 リーダーに肩を掴まれ静止の声を掛けられながら、飛びついてきた変なマスクを着けた髪がアシメントリーカットの男を蹴落とすのに躍起になる私。そのやりとりへ片手の手の平を見せながら静止を呼びかけるジェラートさんは、自身の小指を一本眉間に当てて小さく唸って数秒思考を彷徨わせた。

「……ナマエ?」

「そうそう、ナマエちゃんって言うんだって。あんたが女遊びするなんて、知らなかったんだが!」

「此処にいる誰の一人も知らなかっただろ、そんなこと」

「マジでな」

「おまえ等黙れ。えーナマエ、な、わけぇ……?」

「っうわぁ!もう、死んでやる!」

 尚を疑いの声を漏らすジェラートさん。何だというんだこの仕打ち、もういっその事殺してくれと頼んだじゃあないか。神様は、無慈悲だ。そもそも慈悲があったら、こんな形で失恋などさせないだろうに。
 カツカツと、ソファから腰を上げた彼はブーツを鳴らしながら私へと近付いてきて、やがてまじまじと私の顔を覗き込んできた。その間にも私の目から流れ出る涙は、頬を伝い床へ零れては衣服へと染み込んでる。

「あー、……失恋?」

「!」

 覗き込んだままに呟くように言った彼に私は、肩を飛び上がらせて反応を返してしまう。顔が近いのだ。肌は綺麗で睫毛は長い。女だって嫉妬するぐらいの美貌をお持ちである。

「なんつーか……恋する女ってのは、綺麗になるもんなんだなァ……」

 そんなことを言って私の目元を拭うジェラートさんの、困ったような笑顔に私の心臓はあの日の高鳴りを再度響かせたのである。

「私はッ、私はジェラートさんが好きなんです!」

 もう此処が何処で誰の目があったとしても今更なのだ。叫んでさらに零れる涙もそのままに、私は足元のマスクを蹴飛ばして彼へと抱きついた。抱きついたジェラートさんの後ろで、

「昼ドラ?」

「暗殺チームアジトで修羅場が見れるなんてな」

「うざってぇッ!!」

「……ソルベ、あんたはいいんですかい?」

 だなんてやりとりがあった後、ソファに座っている、そうジェラートさんと熱い接吻を交わしていた男だ。今の今まで沈黙を保っていた男が口を開いたのだ。

「ジェラートがいいなら、良いんじゃねぇか?」

 だなんて余裕そうに、にやりと笑う男。
 そう、たった今、戦いの火蓋は切られたのだ。





 ――なんてのがそう遠くも無い過去の話だ。
 私は今、一糸纏わぬ姿のまま左右両方にぴったりとくっ付いている男共と、同じシーツに包まれてベッドへと身を預けている。私と同じくその身体に一糸纏わず、緩やかに眠りこけるジェラートにソルベの二人を愛おしく思いながらあの日を回想すれば、思わず零れるその言葉。

「どうしてこうなった」

 シーツを口元まで手繰り寄せたら、身を捩った二人の肌が余計に私へと張り付いてくる。ちゅんちゅんなんて小鳥の囀りを聞きながら、ジェラートとソルベの二人と共に過ごす毎日が満更でもない私は、頬を緩めて何故だなんて形だけのそれを口にするのだ。


(Perche'?)
(-なぜ?)