おりじなる | ナノ






 名前さま、貴女さまとお会いする度に私は思うのです。貴女さまは幼少よりお身体が弱いそうで、あまり外へ出ることはなかったそうですね。それ故なのでしょうか、貴女さまの肌は陽を知らぬ存ぜぬとばかりに白い。いえ、青白いと言いましょうか。不健康な肌の色と言い換えることも出来ましょうが、私にはそれが酷く魅力的に見えます。決して日に焼けた肌、褐色の肌を持つ方を疎んじているわけでは御座いません。それでも、貴女さまには病的にも見えるその色が酷く映えて見える。そう思わずにはいられません。
 烏の濡れ羽色。貴女さまの髪を言い表すのに適した言葉であると存じます。何時の日か私が椿の華を差し入れたことがありましたでしょう。私は貴女さまの髪にそれを差し込みたかったので御座いましたが、さすがに手前それを為すことは出来はしませんでした。椿の紅はきっと、いいえ、当たり前の様に貴女様を一層美しく魅せるでしょう。
貴女さまが白い床に四肢を投げ出し髪を波立たせるその様は、私の心臓を追い立てるばかりで御座います。それでも、私は自身の腹部の筋肉に力を込め両膝を叱咤し、崩れ落ちることを逃れることが出来ましたが、いきません。貴女さまが縁側へ腰掛け、長い髪を右肩へと流してその青白い首筋を晒しているのを見ますと、私の脆い理性は本能と呼べる獣の如き本性の前に呆気無く崩れ落ちたので御座います。いえ、がらがらと崩壊したと申しますよりは、霞む煙が私の内に潜む者に一息に吹き消されたかの様な心持ちで御座いました。
 名前さま、そうして今、私は貴女様の前に崩れ落ち己の胸に秘めていたどうしようもない言の葉を上唇と下唇の隙間から垂れ流しているのです。どうか、曇り無きその両の眼で私を蔑んで下さい。どうか、赤い果実を思わせるその唇で私を、愚かしい私を非難して下さい。その白魚を思わせる指が爪を掠めて私の頬に傷を付けようと構いやしません。どうか、私の頬を打って下さい。どうか、どうか。僅かなりとも貴女さまから拒絶のそれを推し量ることが出来れば、私は今以上に卑しい獣の身へ成り果てることもないのです。どうか――。

「熱烈な求婚を受けている気分ですわ」
「名前さま」
「顔を上げてくださいまし。私、知っていましたの。門野さま――いえ、月彦さま。あなたさまが私を見る目に浮かぶあなたさまのお心を、知っていましたの。そうしてあなたさまを受け容れようとする私は罪人で御座いましょうか、月彦さま」

 名前さまが私の両の手を自身のそれで包み込み、己へと導いたので御座いました。嗚呼。私の喉奥より漏れた獣の息が、名前さまのか細い鳴き声が、残り僅かな理性を掻き消してしまったのです。

「名前さま、名前さま。貴女さまが欲しかった。――貴女さまの、首を絞めたかった」
「知ってましたわ、お義兄さま」

 愚かしい兄を許してくれとは、言わないが。