mad | ナノ






 赤と黒と錆で構成され荒れた世界に、其処には到底似合わない少女が歩いていた。否、少女と言うと語弊があるか。幼さの残る顔立ちでも、彼女は充分な年齢に達しているわけなのだから。
 きょろきょろと辺りを見回す彼女はその景色を訝しんでいるわけではない。単なる人探しだ。彼女、リサはサイレントヒルには似合わない。それでも彼女は此処を必要としているし、サイレントヒルのとある住人もまた、彼女を必要としていた。それが誰かなんて名を上げるのは無粋であろう。ほら、彼女の寸分先に姿を現した三角頭の彼がそうだ。大きな刃片手に、もう片手に右足の千切れたナースを引き摺っている彼。

三角頭はリサの姿を見定めると、その両の手に持っていたものを無造作に投げ出し両手広げ、彼女を迎え入れる構えを取った。そうして彼女はその逞しい胸へと駆け足で飛び込む。状況としては恋人との感動の再会というものなのだろうが如何せん、美女と野獣。場所だって都合の悪い。しかし、二人はそんなの微塵も気にしていない。

「こんにちは、三角さん」

 彼女は囁く様な小さい声を漏らした。それに答えるように彼は、その頭を揺らす。彼女はその様に満足したように頷いて、名残惜しくも彼の肌からぴったりと密着させていた頬を離し、それからゆっくりと身体も離した。離れた彼女に、彼の腕は名残惜しそうに宙をたゆたう。彼女はそれに微笑みながら、彼の手を取り己の指と彼のものを絡めた。そうして二人は足下に群がり喚く害虫を気にも留めず歩き出す。虫の方も慣れたものだといち早く安全である一定の距離を取り、二人の後へと着いて行く。どうも、此処の住人は彼女と彼の二人に興味津々のようだ。瓦礫の合間や建物の影から異形の眼が覗いているのだから。

「会えない時間がどんなに長かったことか……三角さんも寂しかったですか?……そう、そうですか。嬉しいです。そうですね、ずっと一緒に居られたらいいのに。……泣きそうな顔をしてますか?じゃあ笑います。今は三角さんといるから」

 独り言の様な彼女の呟き。しかしそれは確かに、三角頭の彼との会話である。彼女は悲しそうな顔で笑む。サイレントヒルの法に定まらぬ彼女でさえ、彼との時間は永遠ではないからだ。しかし、彼女が此処へ訪れる頻度の間隔が短くなっていることから分かる。彼女もまた、此処の住人になるべく侵され始めていることが。三角頭の彼はそれを知りながら、胸中に嬉しいやら悲しいやらの感情が渦巻くのを感じている。そのままの彼女が好きだ。でも何れ変化が訪れようと彼女が好きだろう。彼女が毒された暁に此処の住人になったとして、それは何たる喜ばしいことか。彼は複雑な心中は語らない。語る唇も持ち合わせていない。全ては、サイレントヒルに任せよう。

「今日は三角さんのお仕事中の姿が見たいです。逞しくて素敵だから」

 染まりきったとしても、彼女のこの笑顔だけは変わらないことだろう。彼は彼女への返答として、自分への返答として頷いた。彼女は酷く純粋な笑顔で喜ぶ。心臓が軋むのは何故だろうか。三角頭の鈍色の金属が僅かに傾いたのを、誰も気にはしなかった。