ひさびさに穏やかな戦況だった。
第一線に出陣した部隊からはだれひとり大きな怪我人もでず、遠征部隊からも”任務遂行、無事帰還している”と連絡があった。この本丸に全員が揃うのは、明日の午後になるだろう。
ふう、と身体の中にたまった空気を吐ききる。
よかった、ほんとうによかった。もう大丈夫。
こういう知らせを受けとるとやっと、生きた心地がするというものだ。
張りつめていた気持ちを緩める。
しかし、安心したのもつかの間。明日からは出迎えや、(ほぼ怪我がないとはいえ)簡単な手入れや報告書の作成が待っている。忙しくて頼もしい、日々の鍛錬だって戻ってくる。
きっと今夜だけが、ひと息つける、審神者業の小休止。
今日くらい、のんびりしたって罰は当たらないだろう。羽をのばしたって、ゆるされるだろう。そう思いいたるとすぐに、狐に伝令を送り、遣いを頼む。
「鶴丸」
一振りだけ本丸に残っていた、否、用心棒もかねて残ってもらっていたのは、近侍のまっしろな神さま。練度はかなり高く、なんといってもわたしの腹心…というよりもはや昔馴染みのような近しい存在だ。
名前を呼びかけると、しんとしずまる本丸内によく響く。
「んー、どうかしたかぁ」
気の抜けた声が少し離れたところからして、
ひょこひょこと軽い足音が近づいてくる。
「今夜、あけといて」
ちらり、部屋をのぞいて顔を出すその人に笑いかけると、彼は一瞬だけきょとんとした顔をして「ああ、そうか、わかった」とすぐに破顔する。
「きみはいつもそう言って回りくどくおれを誘うが、あけるも何もないだろう」
「おれはきみの刀だぞ、ほかに譲れない予定などあると思うか?」わたしの近侍はいたずらっぽく微笑んで、こちらに歩み寄ってくる。わたしが、彼と話がしたいと思っていたことを見抜かれたのだろう。
「そうかもしれないけど、こうやって誘うのは意味があるの」
「意味?どんなふうに?」
「鶴丸と主従ではなくて特に対等に、友人として、同僚として、パートナーとして話したいとき」
「…ほう、それは、嬉しいさぷらいずだ」
「それじゃあなおさら、今夜が楽しみだなあ」鶴丸は隣にごろりと座り込むと、猫のようにぐっと伸びをした。
わたしはこのひとの持つ、心地よい自由さのなかで、やっとこうして息をしているのだと思う。
(20.12.12)