うるむは瞳、落つるは花弁 | ナノ


あたりはすっかり冬景色。某日。
カリムくんの落とし物を届けてあげたお礼ということで、ジャミルくんにおいしいお茶をごちそうしてもらうことになっていた。
ふしぎな事態だけど、ジャミルくんらしいといえばらしいのだろう。

指定されたとおり、ひと気のあまりない踊り場につくと、ジャミルくんはすでに待っていてくれた。こちらに気づくと、ほんの少しだけ口角をあげる。目を凝らさないとわからない程度だけれど、きっと笑ってくれたんだろう。

ジャミルくんは、なんとも緊張感がある人だ。
反対にカリムくんはあの通り気さくで陽気な性格なので、言葉を交わしたことは何度もあった。だけど、カリムくんといつも一緒にいるはずのジャミルくんとはあんまり話したことがなかった。 彼はセンシティブでミステリアスで、いつもカリムくんのことしか見ていないから、なんとなく話しかけにくかったのだ。

「わざわざ落とし物のお礼なんて、いいのに」

「いいや、こっちの都合だ。借りをつくりたくないんだよ」

ゆっくりとした歩調で、わたしのリズムにあわせてくれているようだ。
猫のように、ひとなつっこい声を出すジャミルくんはすこし意外だった。
たいした会話もせずに歩く。

鏡の間までつくと、

「どうぞ、手を」

となんでもないふうに左手をさしだされる。
スカラビアへ行くのは初めてだ。どうやらエスコートしてくれるらしい。
こんなのもジャミルくんにしたら普通の事なのかもしれない。けど、ごく平凡な女子学生のわたしとしてはエスコートされる機会なぞよくあることでもないので異様にどぎまぎしてしまう。

「…どうも」

そう言って手を握り返した途端、すこしだけ引っ張られて、すぐにオレンジ色の光につつまれる。

光が消える。すぐに赤い土や真っ白い壁が面前に飛び込む。
スカラビアについたのだ。急にのどが苦しくなった。
いきなり湿度が変わったせいだろう。
むっとした熱気、あざやかな花の匂い、生臭いような刺激的な香辛料の香り。
なんというか、”生”の香りがする。生命の香り。

ちらりとジャミルくんを盗み見ると、眩しそうにはしているけれど、水を得た魚のように目がきらめいて、表情も少し緩んだように見える
そうか、ジャミルくんはここでは少し、警戒を解いているんだ。
そう思ったらなんだかすこし嬉しくなった。自分のスペースにわたしを招いてくれようとしてるんだ。
ここで、カリムくんとジャミルくんは過ごしている。どの寮よりも少しだけ離れている、この土地で。生の匂いにむせかえるようなこの土地で。


「思ったよりも暑いだろ、大丈夫か?」

「うん、びっくりした」

「寮内に入れば、涼しい部屋があるから」

なぜか手をとられたまま、応接間に案内される。
鏡からすぐの建物から入れたので、ほかの学生とすれ違うこともなかったけれど、少し恥ずかしい。

「ここに座って」

ジャミルくんは椅子まで引いてくれて、わたしを座らせる。
そこはこじんまりとした部屋で、4人掛けの丸テーブルが1つと、お茶をわかすための最低限のスペース、茶器一式がそろえられている。敷かれたラグは熱砂の国でつくられた絨毯だろう、それにしては珍しく白を基調とした柄合いだった。部屋全体が白とゴールド、それと深いモスグリーンでまとめられている。窓際には、いくつか、熱帯植物の鉢植え。あれは極楽鳥花だろうか、オレンジの花弁がきれい。ジャミルくんの姿によく似合う。

ジャミルくんは早々に茶器を手に取り、湯を沸かしなおしているようだった。

「以前、スカラビアに来てみたいと言っていただろう」

「そうだけど…なんで知ってるの?」

「さあな、カリムが偶然聞いたと言ってた」

とくとくとく。
ケトルから重みのあるポットへ、ゆっくりと熱湯が注がれる音。
この部屋はすごく静か。スカラビアの応接間はどこもこんなに静かなのかしら。

「この部屋はな、一番気に入っている場所なんだ」

ふわり、茶葉が開くことで、やわらかな匂いが部屋いっぱいにひろがる。
薄荷のようなスッキリした香りと、カルダモンのようなエスニックでしっとりした香り。

「とってもきれいね」

「ああ、君がはじめて知るスカラビアの場所が、ここでよかったよ」


そう言うとジャミルくんはすこしだけ微笑んだような、気がした。



(20.11.26)



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