一進一退の攻防がつづく。
別れた理由も経緯も特に話しはじめないし、何を言うんでもいつもより歯切れが悪いし、店のおやじにはニヤニヤしながら盗み見されるしで最悪だ。さっき俺の誕生日祝うって言ってなかった?この人。
今回、いつもに増して全然楽しくないんですけど。どうなってんの?
「…ねぇ、そんなに気になるなら教えてあげる」
「はぁ?別に今更そんな、もったいぶることじゃねぇだろうが」
俺の語気が、いらだちでやや強くなってきても、なまえは気にしてないようだ。
ふとみると目元がほんのり赤い。たしかになまえも今日は俺に負けないハイペースで飲んでたなと思いいたる。やっぱり嫌なことでもあったのか、そう気づきそうになって、心がどよんと重たくなる。
「銀時」
「あー?」
「わたしと付き合って」
「…は?」
すう、と息をついてうつむいている女の顔は見えやしない。
あまりの衝撃で俺は思わず、女の手首をつかんで、顔をあげさせた。
「おまえ、何言ってんの」
「だから、そのままの意味!嫌なら嫌って言って、早く」
「えっ、ちょ、はぁ?」
顔を合わせたものの、掴んだ手首もばっちりと合った目も持て余すほどに慌ててる。え?いやいや、えぇ?!俺はそんな声を繰り返し出しているものの、頭がついていかない。
「…変な顔」
「うるせぇな!こっちだって色んなキャパシティがオーバーしてんだよ」
やや調子が戻ってきたところで、手首をゆっくり離し、念のためビールをもうひとくち。つられたようになまえもひとくち嚥下している。
「お前、俺のこと好きなわけ?」
「そーだよ、だから別れた」
「いつからだよ」
「もう忘れたよ、気づいたら」
「マジかよ…」
「マジ」
好きなのか。俺を。
徐々に実感すると、形容しようもないでかい感情がもわもわとせりあがってくる。
俺はたしかに、なまえを救うのが自分でない事がいつもいつも不思議だった。
なぜこいつのたったひとりのヒーローは、こいつをこんなに泣かせるのだろうといつもいつも腹が立っていた。
俺の悪い癖、目の前に差し出されると見て見ぬ振りができなくなってしまう。それでいて、その気がなくても、なぜかそのまま知らぬ間に、懐に入れてしまっていたりする。自分でもなかば呆れているが、べつに直す気はない。それこそ気づかないふりをしている。好きでやってるわけではないし、極論別にどうだっていい、俺は、俺の生き方を自分でこねくり回す気はない。
…というより、なにより、だ。
毎回、どんなに後悔したって最後には思うんだよ。結局捨てなくてよかったって、素通りしなくてよかったって、いつもいつも思うんだよ。
やっぱりお前のこともそう。
俺は勝手に拾い上げてひとりで勝手に何年も大事に大事にしてきたけどね、好きでやってきたんだけどね、やっぱそうしてよかったわ。はらわた煮えくりかえりそうな夜もあったよ、
だけどよォやっぱ、俺は。
「なんか、知らないうちに銀時の事、好きになっちゃってた」
「お前、それ、こっちのセリフ…」
「えっ、そうなの?!」
「好きな女じゃなかったらクソおもしろくもない知らねー男との与太話、長々と聞くわけないでしょうが。こんなわかりやすいことあるかよ、バカなんですか?」
「だって銀時ってナチュラルボーンで優しいじゃん!誰にでも優しくておひとよしじゃん!」
「おひとよしぃ?バカ言うな、んな風に思ってんの、お前だけ」
「そうなの?本当にわたしのこと好きなの?どこがすき?!」
「あーもう、声がでけぇ!」
へらへらと天使みたいに笑いながら、 なまえはあの日みたいに、でもずいぶん幸福そうに、瞳いっぱいに涙を貯める。ああこういう顔が見たかったんだよ、俺は。
「んなモン簡単にわかってたまるかよォ!」
涙目のなまえのむこうに、あのおっさんの声が聞こえる。
酒に飲まれてくだを巻いて、周りに愚痴っているあの知らねぇおっさん。まだ帰ってなかったのかよ。だんだんと声のボリュームもでかくなっているようだ。
「おれの生きるべき世界はよォもっとこう、キラキラッとしてよォツヤツヤッとしててよォ、とにかくこんな天人だらけじゃなくてよォ、もう最近わけわかんねぇよなァ」
あぁ、そうだよなァおっさん、あんたも頑張ったよ。
俺だってこんなシケた世界で、どうやら頑張ってたみたいだよ。なァ。おかげさまでいま世界がキラキラッとしてツヤツヤッとしてるわ。
てめえみたいに飽きもせずぐだぐだ愚痴が言えるくらいに、いや、愚痴なんか言わなくて済むくらい、豪快にひと花咲かしてやるよ。
「銀時、ねぇ聞いてる?」
「…お前が隣にいりゃ、俺、多分革命も起こせちゃうわ」
「なにそれ」
ぽろぽろ泣きながらくすくす笑う。お前が泣きながら笑ってるのをみるのが、俺は大層好きらしい。
あのねぇ、男のコッつーのはね、好きな女に愛されてりゃなんでもできちゃうんだよ。正義の味方にでも宇宙飛行士にでもなれちゃうワケ。え、お前知らないの?これだからジャンプも読まねぇ小娘は。
「わかんねーなら、こっから人生かけて俺がしっかり教えてやらァ、覚悟しろ」
WORLD OF WORLD
(ここらへんでそろそろ僕がその花を咲かせましょう
愛のためにあなたのために引き受けましょう
陸海空いろんなとこからどこでもかけつけましょう
愛のためにあなたのために生きていきましょう)
(20.11.23)