その花を咲かせましょう | ナノ



いつからこんなおかしな関係になったのかと思いだしてみた。

ふいに気になりはじめてしまったのは、忘れもしない春の日だった。
あの日はやけにいい天気だった。
めずらしく墓参り(手ぶらでふらふら散歩がてらに参っただけだが)をし、町はずれにいった帰り、木の陰にしゃがみこんでいる女がいた。肩がこまかく震えている。
じろじろ見るつもりはなかったのに、眺めていたらふいに目が合ってしまった。水が表面張力ギリギリ、いっぱいになった両目に、すーっと引き込まれた。ガラス玉のように、湖面のように、ゆらゆら揺れて、あまりにも透明だったからだろう。
ハッとしてよく見ると、なんてことない、町でたまに会う顔馴染みの女だった。飲みの席で何度か一緒になることもあったし、その女のことはそれなりに知っているつもりだった。だけど、お互いなんとなく踏み込まないようにしていたからか、こういう顔をみるのは初めてだった。

「おねェさんどうしたの」

「……あの、ナンパは、間に合ってます」

「んなわけねぇだろ」

俺がそう返すと吹き出すように、いきなりにこっと笑う。その拍子にはらはらと涙がこぼれる。ばかになったみたいにあふれる涙。おどろいた俺はなにもできず立ち尽くして、なにもできないことが無性に嫌だとじんわり思った。

そのやけに晴れた日から、俺はコイツになにかと世話を焼いてしまう。ところかまわず、あんなふうに無防備に泣かれちゃたまらねえ。なるべく涙を流さずすむように、どうしても流すんならせめて俺の前にしろ、なんて言えるわけもねぇし言うつもりもないが。まァそういう、なんともけったいな気持ちになってしまっている。
しかもなまえが泣いている原因というのが大抵、なまえ自身が惚れている男のせいなので、もうこればっかりはどうにもならない。そしてやっぱりどうにもならないことに、無性に、腹が立つのだった。

そう、どうにもならない。
人の心は他人にどうこうできる話ではない。
吹き抜ける風にいちいち文句をつけたりしないのと同じように、自然に、その状態を受け入れていた。


・・・


「別に違わないよ」

それなら、お前が「違わない」というのなら、俺のこの数年の煮え切らねぇ役割はなんだったんだよ。などと目の前の能天気な女に聞いても意味がない。俺が勝手に買って出た役割なんだから、こいつに聞いたってしょうがない。わかっちゃいるけどよォ、言い方ってもんがあんだろうが。矛先が迷子のこの怒りを、ぶつける先が見当たらない。

「なんにも違わないもん」

「…ああそう。まァ、どうせ痴話喧嘩だろ」

そういうとなまえは不満そうにため息をついて、まただし巻き卵を頬張るのだった。ため息つきたいのはこっちだよ、なまえちゃんよ。

「おら揚げ出し豆腐だよ。お前ら喧嘩してんのかよ、銀時、なまえちゃんのこといじめんなァ」

謎の気まずさを破るようにおやじが割って入ってくる。

「いじめられてるのはボクのほうですぅ」

「なァにいってんだお前」

「べつにいじめてないし怒ってもない!」

「だってよ、銀時」

おやじはすきなだけ空気をかき回すと、別の客に呼ばれて離れていく。机にはまた新しい赤星ラガーが置かれている。
…長期戦ってか。


(20.10.31)



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