三度目のランデヴー | ナノ


3.


空却とわたしは、ご近所さんだった。

彼のお家は地元でも大きなお寺さんで、わたしの家も当たり前のようにそこの檀家だった。それに加えてうちの父と空却のお父さんは同級生らしくとても仲が良くて、わたしたちは小さい頃から顔を合わせることが多かった。空却は昔からこのとおりのやんちゃ坊主で、会うたびわたしにちょっかいをかけてきたし、わたしもわたしで小さくて賢くてすばしっこいこの男の子のことが可愛くてしょうがなかった。だからなんだかんだで、親戚同士のように仲が良かった。
わたしのほうが年齢はいくつか上だったけれど、空却は昔からへんに大人びた…というよりもずいぶん達観したところのある子どもだったから、どちらが年上なんだかよくわからなくなる時もしょっちゅうだった。とはいえ、空却は小さいころからどちらかというと小柄で、はたからみればわたしのほうがきちんと年上に見えるものだから、姉弟に間違えられることもよくあった。そのたび空却は不服そうにしていたけれど、実際わたしのほうがおねえさんなのだから、とうぜんのことだと思う。

昔のことを思い出しながら、ソファにどかりと座る、柄の悪い少年を見やる。
あんなにかわいい男の子だったのに、ずいぶん大きくなってしまったな。ハイティーンの男子にしては背の高い方ではないのだろうけど、身体はしっかりと成長してたくましくて、男の子らしく大きくなった。そう思うと心が温かく、優しい気持ちでいっぱいになる。ああ、親戚のおばちゃんって、こんな気持ちなのかしら。
これ以上こころが老け込んでしまったら困るので、軽く頭を振って、思考をとめる。


「空却、ごはんたべた?」

「いや、食ってねェ」

「じゃあ適当になんかつくるね」

「…おー、助かる」

空却はやっぱりすこしだけ気まずそうな顔をしたまま、ポケットからスマホを取り出し、スクロールしはじめた。彼が部屋にいるだけで、あたりにあまく乾いたサンダルウッドの香りが広がる。すう、と肺に吸い込むと、まるでタイムスリップしたように懐かしく、なんとも穏やかな気持ちにさせてくれる。

夜はまだ寒いから、あたたかいものがいい。ありものでポトフでも作ろうかな。空却はふだん、お寺では和食しか食べないだろうから、ポトフなんか出すのはすこし不安だけれど、どうだろう。昔、精進料理は嫌いだと言っていた気がするし、大丈夫かな。というか肉でも焼いた方がいいのかな、年頃の男の子だし。ええっと、空却って何が好きなんだっけ。脳内で逡巡しつつ、奥底にしまっていた記憶を、ひとつひとつ掘り起こす。頭がうまく回らない。とりあえず冷蔵庫から野菜と、少し悩んでから冷凍しておいた豚のバラ肉を取り出す。
お肉をまずは解凍。適当にオーブンで焼いてあげようか。手順を考えつつじゃがいもの芽を取り、皮をむき、にんじんとたまねぎとセロリの下処理もすませる。さて、と、ベーコンを切り分けているところで、バイブ音がした。

ぶー、ぶー

空却のようすをちらりと伺うと、こちらを見ている。
あ、やっぱりわたしのスマホか。

手を洗い、適当に水気をふき取る。


「…獄さんだ」

スマホの画面には、めったに表示されることのない名前がポップアップされている。不思議に思いながら、通話ボタンを押すためにロックを解除していると、空却の舌打ちが聞こえた。

『よお、ひさしぶり』

これまた久しぶりに聞く男の声に、なつかしさがあふれて思わず顔がほころぶ。

「お久しぶりです、獄さん」

『元気そうだな』

「おかげさまで!…電話なんて、急用ですか?」

『ああ、突然なんだが、腐れ坊主がそっちいってねーか?』

わたしは反射的に顔をあげて、空却のほうに視線を泳がせる。
空却はじっとりとこちらを睨んで、まるで餌の取り合いに負けた猫のような恨みがましい表情をしていた。そんな子どもみたいな顔、まだするんだね。
わたしは手のひらで口元をおさえてなんとか笑いをこらえながら、なるべくだれも怒らずに済む、適切な返事はないだろうかと考えをめぐらせた。こういう、じりじりした、だけどあたたかくてやさしい、羽をこすりあわせるような感覚は、あまりにも久しぶりでなんだか涙が出そうになった。



(21.04.22)



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