三度目のランデヴー | ナノ


2.


靄の中をかきわけていくような、夢みたいに不透明な気持ちのまま、帰路を進む。
いつもならずんずん前を歩いて行ってしまう空却も、さすがにわたしの部屋のくわしい場所までは知らないようで、歩調を合わせてついてきてくれる。


「ねぇ空却、コンビニ寄っていい?」

攻撃的なほど明るい看板を指さしながら振り向くと、「おう」と応えた空却は、わたしより先にその入り口へ足を向けた。
すたすたと先を行く空却のことは追わず、店内を物色する。ちょうど箱ティッシュが切れていたので、いちばんシンプルなデザインの、5個セットになったそれを手に取る。ほかで買うより割高ではあるが仕方ない。レジかごを腕に引っ掛け、そこに、二人で適当につまめそうなお菓子と、空却が飲むであろうコーラと緑茶のペットボトルを一本ずつ入れた。

空却、どういうつもりなんだろう。
いきなり会いに来たりして、何があったんだろう。
頭の中はハテナがいっぱい、質問したいことでいっぱいだ。だけど強情な彼のことだから、今無理やり詰問しても口を開かないであろうことはわかっている。余計な詮索はしない。無駄な言い合いを起こさないためにも、空却が話し始めるまで、大人しく待つのが得策だ。
そうは言っても、これからのことがぜんぜん予測できない。部屋で彼が何から告白し始めるのか検討もつかないし、逆にどんなことを問いただされるのかも知らない。勿体ぶってる割にごく些細なことかもしれないけれど、話しているうちに朝が来てしまうような、大仰なことかもしれない。だから念には念を入れて、朝ごはん用のパンを二人ぶん、かごに入れる。
そうだ、明日は待ちに待った土日だから、自分用の缶チューハイもすこしだけ。ほどよいアルコール度数のものをいくつか選んだ。

レジで会計を済ませてるあいだ、空却はマガジンラックで雑誌だか漫画だかを立ち読みしていたようだった。支払いを終えたわたしが店の出口まで到達すると、見計らったようにすっと現れて、ほとんど同じタイミングで自動ドアをくぐった。

ありがとうございましたーー、間延びした店員の声がドアの奥に消えていく。
空却はなにも言わないままちらりと横目でこちらを見ると、わたしの手から買い物袋を奪った。

「あ、ティッシュは、自分で持つよ」

とっさにそう口走ってしまった。
大きくふくらんだ買い物袋と、シールのはられたティッシュ箱の束、両方ともを奪われそうになったから。とっさに。
が、言った直後に猛烈に後悔した。空却は不機嫌そうに真っすぐ口を結んでから、「そーかよ」と投げやりに吐き捨てた。

こういうとこだよなあ、と、自分でも思う。ほんと可愛くない。別に、いまさら空却にたいして可愛くあろうとしなくてもいいのだろうが、こういうのは"メンツ"の話だ。空却だって、もう立派な男の子なのだから。
わたしなんかにも惜しみなく、男子としての気を遣ってくれたっていうのに、そこにうまく甘えられない。わたしってヤツは昔からそうだ。へんに自立心が強くて、かたくななところがあって、空却の思うように彼を頼れたためしがない。頼って、あげられない。空却はもともと、誰に対しても責任感と正義感の強い男の子だから、こういうふうに中途半端に遠慮されるのが、大嫌いなんだろうな。そう。こんな状況、空却が好きなわけがない。
頭ではわかっているのに昔からわたしは、空却特有のこのヒロイズムを、何食わぬ顔で拒絶してしまう。そのたび空却が眉をひそめて、唇を固く結んで、苦虫を噛み潰したような顔をするのを、わたしはよぉく知っている。そして、そのたびわたしは、彼を傷つけた事実を受け止めて、ひとり勝手に傷つくのだ。
成長しないな、愚かだな、最悪だ。湧きでる暗澹たる思いたちを、わたしは誤魔化すように笑って、

「ありがとね」

と、お礼を言う。自分の、決定的に足りていない箇所をおぎなうように、お礼を言うのだ。

空却はなにも言わないままで、がさっと買い物袋を持ち直す。なんだかんだでいろいろ買ってしまったし、結構重いはずなのに、羽のように軽々と持ち上げられる、それ。
雑にまくりあげられたスカジャンからのぞく腕に、しずかに力がこめられている。ぐっと浮き上がった筋肉や筋が、あまりにも男性的な曲線を描いていたものだから、わたしは、気づかれないように息をのんだ。そして、もう一度、さらに深く後悔の海に沈んだ。もうだめだ。やっぱり、空却がいちばん正しい。



(21.04.22)



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