14.
「まァ、お前のつくったヤツのがうまかったが、これもこれでうめェ」
空却は唐揚げをおいしそうに食べながら、わたしの顔と居酒屋のテレビを交互に眺めていた。結局、中華料理のお店が店休日で、居酒屋に入ることになった。「飲み屋なんだし、おめーは酒でも飲みゃあ」と空却が生ビールを注文してくれたので、ありがたくいただくことにした。空却はおなかが減っていたようで、がつがつと白飯をかき込んでいる。もちろん飲み物はソフトドリンク。でも、白ご飯にコーラって合うのかな。
「仕事、いそがしかったんか」
「そう!定時ぴったりに帰ろうと思って頑張ってたんだけどねぇ」
「今日は大変だったの、上司がね…」と勢いよく話をつづけそうになって、やめた。仕事の話なんか楽しいものでもないし、空却からしたらどうでもいい事だよなあ、と思い直し、ポテトサラダをもぐりとつまむ。
「んで、続きは?」
「ううん、いい。仕事の話なんてつまんないよ」
「拙僧がいーっつったらいーんだよ、早く話せ」
「困り事ならなおさら言ってみろ、導いてやっから」ひゃは、と楽しげに笑って、空却は口いっぱいに大きな唐揚げをほおりこんでいる。なんだかやけにご機嫌だ。わたしもうれしくなってきて、せっかくだからと口をひらく。
あのね、何度も催促してたはずの仕事が終わってなくてね、それを急遽手伝ったの。同期たちにも頼んだみたいで、みんなで大慌てで資料まとめてさ、わたしは何とか終わったんだけど、帰るときも上司はまだまだ終わらないみたいで可哀そうだったなあ。今夜は用事があるって言ったら、隣の席の子が代わりに上司のサポートしとくよって言ってくれて、つい頼んできちゃったんだけど、明日お礼しなきゃ。
…なんて、落ちもまとまりもない愚痴を、空却は「へえ」だの「ふうん」だの合いの手をいれつつ、ごはんを食べ進めながら聞いていてくれた。
「…全部言ったらスッキリした」
「そりゃあよかった」
空却がのどを鳴らしてコーラを飲むから、わたしも二杯目のサワーをごくりごくりと飲む。目の前が滲んで、身体があつくなる。少し、酔ったかもしれない。昨日は同じくらい飲んでも大して酔っぱらわなかったのに、と不思議に思う。外でお酒を飲むのは、家で飲むよりも多少、アルコールが回りやすい気がする。
「やっぱりおめーも、こっちでしっかり生きてんだな」
空却はしみじみ、という感じでそう言った。
「不安だったけど、思いきったらなんとかやれるみたいね」
「ふうん、拙僧が心配するまでもねェってか」
空却は感情を乗せずに言うけれど、横顔がどことなく切なく見えて、わたしはなんだかもじもじしてしまう。ごまかすように勢いよく、残りのサワーを飲み干した。
・・・
「ねぇ、なんか今すごく楽しい!空却、家でもうちょっと話そう」
帰り道、スキップでもしそうなくらい程よく酔っぱらったわたしがそう提案すると、もちろん素面の空却は「はァ?」と怪訝そうに眉を顰めた。ごもっともである。だけどわたしは前回の”お願い”の成功でだいぶ調子が良くなっている。さらに酔いも手伝っているので、ちょっと睨まれたくらいでめげることはない。もう一度「付き合って!ね!」とお願いすると、空却はわたしの目を見てハッと笑う。
「てめーはさっそく拙僧にモノを頼むのがうまくなったもんだなァ」と頭をふわりと撫でてくれた。あ、また、撫でられた。待ち合わせの時はあんなにかわいらしくみえた空却が、またすこし大人びて見える。わたしたちは昔から、二人だけでいるとどちらが年上なんだかわからなくなることがある。傍から見たら、全然そんなことないはずなのに、わたしにとっては、空却はまぶしくて、遠くて、誰よりも正しく見えるのだ。
「しょうがねェ、付き合ってやるよ」
鼻歌を歌いながら空却のとなりを歩く。
まだ夜、21時をすぎたところ。
帰ってからも、もうすこしふたりで過ごせるらしい。
ふいに、こつん、とお互いの手の甲がぶつかる。振り子のように反動で、視線を交わす。困ったような顔をした空却は、大人びているのにやっぱりどこか可愛くて、ふふ、と思わず笑みが漏れてしまう。
すると、それを合図にしたように空却の指先が突然こちらに伸びてきて、ごくごく控えめに、わたしの指にからむ。空却の指先は、酔っぱらっているわたしのそれよりも冷たくて、すこしだけ乾いていた。触れた爪先が、手のひらが、ぴりぴりと甘くしびれる。指先だけゆるく絡ませあったまま歩く。手を繋いでいるとは言えないくらい、本当に軽く、ゆるく、すこしだけ触れ合ったまま。
熱はたしかに通い合っているのに、なんとなく空却の顔が見れなかった。
(21.05.20)