三度目のランデヴー | ナノ


11.


土日のあいだ家で進めていたおかげで、それなりに仕事が片付いていた。

月曜はいつもバタバタと始業するものだけど、今日はしゃんと早めに起きてご飯をしっかり食べてきたからか、見違えるほどに快活な朝だった。
週明けとはいえ、この調子で進めば定時ぴったりにあがれるだろう。よし、と気合を入れて今日中に片付けるべき仕事から、つぎつぎ終わらせていく。

昨夜は結局、空却とふたりでお鍋をつくって、ひとつの鍋をつつきながらおいしく食べた。特につみれがおいしくできた。春野菜がやわらかくて風味も華やかで、薄味のお鍋にとてもよく合った。今日の朝ごはんも昨日の晩ごはんも、おいしかったなあ、なんて思い返しながら、午前の仕事をすべて終わらせた。
午後は他社とのミーティングがある。が、その前に早めに支度して外に出なければ。取引先の営業さんがわざわざこちらに出向いてくれるものだから、せっかくだしランチも一緒にとりましょうという約束になっていたのだ。


・・・


「観音坂さん、お久しぶりですー」

「あ、ご無沙汰してます」

観音坂さんは、弊社がシステムの保守管理を請け負っている機器を扱うメーカーの営業さんで、客先だけでなくこちらにもちょこちょこと報告がてら顔をだしてくれる。発注や改善の提案はもちろん、現場での些末なエラーや不具合など把握しきれていないことまできちんと伝えてくれるので、そのこまやかな仕事ぶりには大変助かっている。

「今日は何食べますか」

今日もより一層疲れていそうな観音坂さんの顔色を心配しつつ、一言二言挨拶を交わして、これから向かうお店の話になる。

「うーん…」

観音坂さんのことは仕事相手としても好きだし人間的にも合う方だと思っているので、ランチに行くこと自体は全然ストレスじゃない。むしろうれしい。
だけどランチの行き先を決めるこの数分だけは、どうも苦手だ。わたしも観音坂さんも”今日はあそこに行きましょう!”なんて率先して場を仕切るタイプでもないので、いつもなんとなくモヤッとする。飲みに行く店を決めるならまだしも、一、二時間しか滞在しないランチの店選びって、なんだかうまくいかないのよね。

「みょうじさんは、なにか食べたいもの、あります?」

観音坂さんはいつも気を遣って、わたしの食べたいものに合わせてくれようとする。今食べたいものだなんて、あらためて尋ねられるとぽんと浮かばないものだ。浮かんだとしてもここできわめて限定的な答え方をしてしまうと、店を探して無駄に街を練り歩くことになりかねない。だから、なにかちょうどいい返答はないかと考える。あるていど選択肢をしぼれるような、ちょうどいい答え。

「…あ!今夜は唐揚げの予定でして。なのでできれば肉以外がいいですね」

「唐揚げ…?珍しいですね、ランチどきから夕飯の話なんて」

「予定があるんですか?」観音坂さんはひかえめに笑いながら、わたしのほうを見る。

「そうなんですよ。珍しく、今日は夕飯の献立が決まってるんです」

「それは、楽しみですね」

「…そうだ。魚なら俺も好物なので、おいしい煮つけが出るお店、知ってますよ」観音坂さんがはにかみながら提案してくれる。「わ、いいですね!観音坂さん、さすがです!」すぐに同意の言葉と合いの手を口にしたら「まぁ、普段はもっぱらコンビニのサンドイッチなんですけどね…あはは」となぜかテンションダウンさせてしまった。このひとのネガティヴスイッチはあらゆる場所に点在しているから、気を付けなくちゃいけない。それ以外は本当にいい人なんだけど。


・・・


観音坂さんがつれてきてくれたお店はこじんまりとした定食屋さんで、たきたてのご飯がとってもおいしかった。赤味噌を使っているうちのお味噌汁とは色味の違う、合わせ味噌のお味噌汁がふわりと香って、わたしはまた、朝食のようすを思い出す。
今朝の空却はめずらしく寝癖をつけたままだった。なんだかかわいくてじっと見つめていたら気づかれて「なおらんかった。文句あんのかよ」と睨まれてしまった。思ったよりも気にしているようだったので、空却が使ってるものよりまとまりやすいであろうユニセックスのソフトワックスと、念のため寝癖直しを貸してあげてから出社したのだ。
こぼれそうになる思い出し笑いをこらえて、目の前の椀を持ち上げた。


「今夜、唐揚げ、なんですね」

仕事の話をひとしきり終えて、ごはんも半分くらい食べ終わったころ、緊張気味の観音坂さんに尋ねられる。思わず、ふふ、と笑ってしまったら、観音坂さんもふわりと頬をゆるめて笑ってくれた。

「あ、そう、唐揚げなんです」

「家で作るんですか?」

「そうです、今ひとがうちに泊まりに来ていて。その人の好物なので」

「へえ。すごく、いいですね…」

観音坂さんはふだん、夕飯はどうしているんだろう。同居人がいると言っていたから、一緒に食べたりするのかな。

「観音坂さん、知ってます?唐揚げって、小麦粉と、片栗粉と、パン粉を混ぜて、衣にするとおいしいんですよ」

「え、あの衣、そんなに色々混ぜるんですか」

「いえいえ、どれかだけでもたぶん、おいしいんでしょうけど…全部混ぜるとかりかりでおいしいんです」

「知らなかった…」

「そうなのか、今度から気を付けて食べてみます」そう言って難しい顔をする観音坂さん。なるほど、観音坂さんはどちらかというと作る側じゃなくて食べる側か。垣間見てしまった観音坂さんの私生活が、仕事の時の雰囲気とは違いかわいらしいものに思えて、にこにこと箸を進める。

「みょうじさん、今日はなんだか楽しそうですね」

「へ?」

「え?ああ、すみません。なんだか、いつもより表情が柔らかいというか…」

「…そうですか」

観音坂さんは「勘違いだったら申し訳ないんですが…」と前置きしながら「笑顔が、多い気がして。」聞こえるか聞こえないかの声でつぶやくと、ごまかすように笑って、またもくもくと食事に戻った。

そこでふと、考え込んでしまう。わたしがもし楽しそうだとすれば、幸せそうだとすれば、それは十中八九、いまわたしの部屋にいるであろう空却の存在のおかげである。彼のせいで世界のすべてがいつもより、ほわほわと温度を持ったように見えているんだから。

空却は、10日間、こちらにいるのだと言っていた。
忘れちゃういけない、これは限られたランデヴ―。だからと言って、残りの日数ばかり数えていたら、ひとつも愉しくない。むしろ、どんどんさみしくなって、なにも味わえないまま終わってしまう。ボーナスステージのような、空却との穏やかな時間をしっかりと覚えて、その声に耳を傾けて、与えられたすべてかき集めてわたしは、先に進まなくちゃいけない。名前のないこの想いを、安らかに鎮めていかなくてはいけない。そのためにも、わたしは数えてはいけない。日数を、想いの数を、空却との残り時間を。指折り数えて、悲しんではいけない。のだと思う。

急にシリアスな気持ちになってしまったので、出されていたお茶をぐっと飲み干す。ひとりで悩んでいたってしょうがない。物事はすべて流転する。わたしは、その流れに身を任せるだけ。あらがわず、従うだけ。


「観音坂さん。この煮つけ、おいしいです」

思い出したように感想を言えば、観音坂さんは

「それはよかった…おいしいですよね」

「また、来ましょう」と、安心したみたいな表情で頷いてくれた。


(21.05.13)



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