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「ねえ、聞いたことある?自分の心臓の音」


おれはね、あるの。
まわりの人間が全員死んだあと。

昏い夜の森の真ん中で、自分の心臓の音を、この耳で聞いたことがある。鼓膜が張り裂けそうなくらいの大きさで、自分が生きている音。地鳴りのようなそれを聞いたとき、おれは”ああ、もう引き返せないんだな”って悟ったんだ。もちろん今までだって何度もそう思ってきたし、引き返すつもりなんて毛頭なかったさ。だけど、それでも。自分の生きている音は、自然界の何よりも大きい音で響いて、(いくら今このまま里のために、仲間のために死んでもいいと思っていたとしてもそんなのおかまいなしに、)”里へ戻れ、絶対に生き残れ”って本能が叫ぶ。ここにあるたったひとつのちんけな命を守ることはどうしたって、生きている人間の業なんだと知ってしまう。そのたび吐き気がするんだよ。
くだらないと思ってたんだ。ひとつきりで生かされてしまった自分の命も、それに縋りつくようなしみったれた業も、本当は冷たくひえたこの世界だって、すべて。くだらない。何もかも。違う?だってまわりが望んでるのは”いいしらせ”だけなんだ。たとえば、任務が成功したしらせ。人員を減らさずに里に戻れたって報告。ターゲットを的確に堕とせたかどうかの確認。どれもこれもみんな、みんな、おれに完璧な仕事をもとめているみたい。わかってるよ、求められてるって、信頼されてるって、とても有難いことだよね。でも、もう疲れたんだ。生きることに疲れて、ひたすら仕事に没頭してたら、疲れることにまで疲れてしまった。
今こうしてなんとか生き繋いでいたって、結局今日も明日も苦しい時間ばっかり増えていくんだ。んーん、いや、仕事してたらそんなの、ふだんはさ、考えないんだよ。弱音だって吐かない。だけどね、非番のときはそうはいかないの。ちょっと、しんどいね。だってもう大切な人なんか、ひとりとして作りたくないから、そんなつもりはないから、部屋の中にずっといるんだ。早朝から暗くなるまでずっとだよ?使い尽くしたチャクラと体力を回復するために昏々とねむってさ、もう何時間も。それから、目が覚めるでしょ。仕事までもう一回、寝ようとするんだけど、寝れないんだよね。そうすると、もうだめ。死んでいった人たちの顔をつぎつぎと思い出してしまう。ずっとそうなんだ。すぐそばで、助けられる距離で、死んでいっていた人たちのこと。おれの顔をみながら死んだあの子を、あいつらを、あのひとを。

もうおれは、


「…疲れたんだ。疲れちゃったんだよ。全部。全部。」


自分の声で、はっと我にかえる。
思わず口元をおさえる。
何をひとりでつまらん内情を吐露しちゃってんのよ、おれは。口から勝手に言葉があふれでていて、普段自覚してもないようなことまでしゃべっていたらしい。背筋が凍る。


「聞いたことあるよ。わたしも。」


かえってきた声に、思わずフリーズする。

「自分の心臓の音…いやってほどうるさくね。」そうつづけられた言葉に、ずいぶん前におれがした質問への返事なのだとわかる。自分から質問しておきながら、すっかり忘れて話を続けていた。


穴があるなら入りたいとはこのことで、おれは彼女からの丁寧な返答をのみ込みながら、どう取り繕おうかと考えてばかりいた。思わず、深いため息がこぼれる。それさえ誤魔化すように目元を揉んだ。



(21.03.12)



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