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なにもかも手に入るよ。

だからこれ以上欲しいものなんかないし、
夢や目標、野望なんてものも特にない。

君さあ、神様っていると思う?
もしいるとしたらすごく不公平だよねえ。だって俺ってほら、すべてを持ってるでしょ?だからこれからも死ぬまでずっと、すべてを手に入れることができるってワケ。ああ不平等、なんかごめんね。
まあそんなわけだから俺は、金にも女にも権力にももうぜんぜん興味ないし、自分にも…うん、自分という個人には元々あんまり興味がない。さて、これからの人生、どうしようかな。もちろん人間観察をやめるつもりは毛頭ないんだけどさあ。人間の生ってあんまりにも長いでしょ?

そうだ、経験。
経験はいくらでも欲しいよ。今こうしている間にも世界にはさまざまな出来事が起きてるよね。まさに多種多様!自分に興味がなくたって他人や外部には興味があるわけだから、願わくばこの世に起こるすべてのことに関与したいし、つまり、なるべく多くのことを経験したいとは思う。
いや、そりゃこれまでもいろんなことしてきたよ。犯罪じみたことやダーティなことはもちろん、普通の、一般的なこともまあそれなりにやったし。でもどうせなら本質的なことがいいじゃない?本質、ってわかる?つきつめていくとね、結局人間の本性とか生死だとかに行きつくんだよね。現代社会の法では赦されていないこと、法律によると他者の利益をいちじるしく害する行為とみなされているようなこと、それをやるとねえ、その人の本質が効率的に明るみになることが多くてさ。だから俺はこういう、アンダーグラウンドな世界に身を置いてるわけ、それ以上でも以下でもないよ…ってちょっと話題が逸れたね。

とはいえ人間を騙したり裏切ったり見捨てたり間接的に殺したり、つまり殺させたり、いろんなことをしたなぁ。そのたび感情が揺れて人間性やその内実が見える気がするんだ。絶望する瞬間の人間の顔ってみたことある?最高だよ。まさに谷底に突き落とされたって感じ。そんな個人が次にどんな動きをするのか…はは、想像通りだったとしても興奮するよね。とにかく気持ちいいんだよ。すごく。
ああ、また話が主題から逸れちゃった。

つまり経験を増やすためには貪欲にいかなくっちゃね。
すべてをこの手で感じたいんだから。それでだ、このままいくと経験するのが難しいかもって思うのがひとつだけ、”自分の死”にまつわることだよね。だって人間って一回しか死ねないじゃない?一回死んだらもうそれでゲームオーバー、笑っちゃうよね、脆くてさ。
なんでも手に入れることができる俺だってそれは同じだよ。人間なんだからね。死の残弾は常に一個だけ。…え?驚いた?当たり前じゃないか、俺は俺でしかないし、影武者だっていないよ。すべて俺。ひとつの生。

え、なんで笑ってんの?不本意だな。

まあ、その死の残弾を撃つためのトリガーをいつ引くことになるのか。
誰かにそうされるのか、はたまた自分で引くのか、何かに勝手に撃ち込まれるのか。予想もできないよね、想像したくもない。だってそれでもうすべて終わりなわけだから。でも死ぬときも俺は他者とのかかわりあいの中で死にたい。関節的な事故だとか、病死だとかそんなのまっぴらごめんなわけ。死ぬぎりぎりまで他人を観察しながら死にたいんだよねえ。これは純粋な好奇心。最後にしか見れないものをきちんと見届けて逝きたいんだよ。

たとえば”この俺を殺している最中の人間の表情”とか。

1秒も逃さずにね。

さあ、ここまでの話をまとめよう。
君のそのお粗末な脳みそでも理解できるかな。俺は

・病死や物理的な事故死を絶対的に避けたい

・人間関係のなかで、ひとの手によって死を迎えたい

・つまり「死ぬ」という状態が起こる、もしくは完成する前に「殺される」ってことを遂行しないといけない

・しかも「俺を殺している」相手の顔をよく観察してなんらかを感じたいという欲望がある


そこで相談だ。
これは君の生涯をかけた大仕事だ。
もちろん俺の命もかかってる。…なんてね、婉曲表現がすぎる?

じゃあストレートに、単刀直入に言おうか。

君が、俺を殺すんだ。絶対に。
俺が死ぬ直前に、俺を殺せ。

しっかり目を見て、その顔を俺によく見せながら、ゆっくりと時間をかけて殺せ。
死ぬ間際にすこしでも考える時間が、感じる時間が増えるように、じっくりと確実に。

ああ、俺が死にかける、死に瀕する瞬間を逃さないためにも俺のそばを離れちゃいけないよ。
俺には常に、死ぬ危険があるんだから。わかるよね?

君は俺から離れず、
俺の最後をしっかり見極めて、
そしてその時が来たら絶対に、
誰でもない君の手で俺を、丁寧に殺せ。


…わかったかい?

あ、返事ならイエスしか求めてないよ。
むしろ返事なんてものはいらないな、求めてない。
なぜならこれは、俺から君へのたった一つの命令だからね。


どこでもない、
このバスルームで”君”が殺せよ。


(20.11.30)



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