何重にも巻かれた、ざらつきの目立つ、包帯が土で汚れている。いまが何時かわからない、身体は疲れているけど心はがたがたで、目も頭もさえたままだ。
いつもそう、あなたは、そう。
わたしの両手では抱えきれないから、何度も何度も組み立てて、組み替えて、それでも間に合わない。だから、わたしはこうして眺めていることしかできない。バカみたいに、何もできずにぼうっと、いくら見つめたってあなたの負担が減ることはないのにね。
あなたの横たわるベッドの、白いシーツのしわを何往復も、まなざしだけで撫でている。
「そんな見られてっと、銀さん、穴があいちゃいますよ」
いつの間にか目を覚ました銀時がにやっと片方のほっぺたを持ち上げて言う。そのあとすぐ痛みに眉根をひそめるから、わたしはまた後悔する。
その後悔を雑にぬぐうように、一息ついてわたしも片頬をあげるのだ。
「じゃあ、穴、あけちゃう」
「…比喩だろーが」
「全身穴だらけにして、どこへもいけなくしちゃう」
やっぱりだめ、ぜんぜんだめ。
「おまえコワすぎ」と銀時が笑っている。笑い事ではない。半分本気。
いつもそう、わたしはいつも大体、そう。
本当はあなたにどこへも行ってほしくない。閉じ込めてそのまま息をとめてしまいたいくらい。…はい、ちょっと言い過ぎちゃった。半分以上、嘘。
わたしだってあなたを、あなたのダイヤモンドのような硬くて強い精神を傷つけて凡庸にして、殺してしまいたくはない。価値のないものに変えてそのへんに転がしてしまいたくはない。絶対に。命をかけてもね。でもねえ、わたしは、あなたの肉体を心から愛しているのだし、あなたの存在も、声も、世界の何より愛している。
なのに、わたしとあなた以外のすべての人、たくさんの人たちは、あなたの精神をいちばん愛しているからね。その崇高なくせにラフで気高くてバカみたいに寛容なあなたの精神を。それって素晴らしいことよね。わかるわ。
…なあんて、また嘘ばっかり。そんな聞き分け良いわけないでしょうが。ああ悔しい、ああ悲しい。あなたがわたしのためだけに存在することはない。だから大好きなのだけど。あなたは、わたしのものではない。そんなの当たり前の話?そうね当たり前。”ひとはモノじゃない”?…そういうことじゃないのよ!腹が立つ!
「どーしたよ、変な顔して」
ポリポリと頬掻いている銀時は、ひどく居心地が悪そうだった。わたしの気持ちを半分くらいわかっていて、半分くらいわかってない。「怪人二十面相ですか〜」「ちがいます」「…すんませんした」
「なにが、”すんませんした”よ」
「いやあ、いろいろ…」
「いろいろぉ?」
「…別に銀時はなんにも悪くないでしょ」そこまで言って泣きそうになる。そう、あなたはそう、いつもそう。だけど、あなたが悪かったことなんかないよ。むしろ悪いのはわたしのほう。あなたをひとりの個人として愛してしまっているわたしの、このエゴこそが悪いのよ。世界にとって絶対的な”善”はあなた。だとしたら悪いのはわたし。言いたいことわかる?わかんないでしょうね。あなたは、いつでも全力で、全身で、やれることを全部やる。すべてを救ってすべてを助けてすべてを愛して…そんな人が謝る必要なんかない。わたしだけなのよ、悪いのは。
愛してしまってごめんね、本当に。
しかもそれをあなたに伝えてしまって、ぜんぶ受け取らせてしまって、そして散々困らせてしまって。
「俺は、お前に、んなシケたツラさせたくねーのよ」
わたしだって、あなたにそんな顔させたくない。
せめて必要だと言って。どんな汚れ役だってやるから、
せめてわたしじゃなきゃダメだと言って。
その素晴らしい精神ならみんなにあげるから、わたしのことは守ろうとしなくたっていいから、ねえ、あなたの肉体くらいはわたしにくれないかな。わたしに守らせてくれないかな。
わたし、自分のことをとことん汚いって思うよ。あなたのせい。
あなたはそう、いつもそう。
「おら、泣くな。俺はお前のことがちゃんと大事、だから、」
「置いて行ったりしねーから」あなたはそう、いつもそう。
わたしのことを苦しめて、苦しめて、そうしてやっぱり救ってばかり。
(20-11-02)