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映画のような恋に憧れていた。彼ではすこし役不足だとおもった。
眉目秀麗で、頭の回転の素早い彼は、ロマンティックで情熱的な恋には向かない。(だって彼が白いタキシードでバラの花束だなんて!想像しただけで笑っちゃう!)
ずっと前からなかよしで、キスもセックスもしたけれど、彼では役不足だとおもった。それがなかなかに横柄な考えだってこと、わかってはいても、頭のわるいわたしには、たんじゅんな計算しかできないのである。

彼は無口で淡白で、なのにわたしの面倒をよく見てくれて、昨日だって隣町の男の子に失恋したわたしのために、ココアを一杯いれてくれた。部屋を訪ねればいつだって、わたしをバカにしたようにとりなしながら、あたたかいココアをいれてくれた。彼がいなくなったらわたしは溶けてしんでしまうだろうし、彼だって寂しくて弱ってしまうんじゃないかとおもう。ああみえて、さみしがりやの彼だもの、きっとそうよ!



「お、なまえ、今日はどこにいくんだ?」


これまたなかよしのお隣のお兄さんが、おつかい途中のわたしに声をかけてくれる。


「パンもぶどう酒もチーズも買ったし、これからローのうちへいこうかなあ」

「またローのところか?お前も知っているだろうが、もうそろそろやめておけよな」

「どうして?」

「どうしてって、そりゃあ、おまえ」


お兄さんは不思議そうに眉間に皺を寄せてわたしをみた。


「あいつ、婚約者ができたって、話だよ」


聞いてるだろ?ってお兄さんはさも当たり前の様に言って、花壇に水をやる作業を再開した。婚約者?ローに?あのさみしがりやの、やさしいローに?


「うそよ」


わたしはびっくりして、でもなんだかピンと来ないまま、ローの家に向かった。ローのいちばんに好きなぶどう酒を持っていくのだから、きっと喜ぶにちがいないないのに、わたしは彼の嫌そうにした顔を思い浮かべてしまって、かなしくなった。どうしてだろう、なんで、彼は、こんやくなどするのだろう。


ローの家の前には、この間、わたしが植えたレモングラスが香っている。いいにおいだとおもう。深呼吸をして、ドアベルを鳴らした。すこしして、声がして、いつものようにドアがあく。


「ロー」

「ああ、なんだ、おまえか」

「昨日のお礼、しにきたの」

「悪いな、わざわざ」


ローはさいしょ、誰がきたと思ったのだろう。わたしにわざわざ来てなんて、欲しくなかったのかもしれない。誰だったら喜んだんだろう。誰だったら、誰だったら。


「ロー」


わたしはいつものローの部屋が、なんだかしらない部屋の様な気がして、落ち着かなかった。いちばんに大好きな場所だったのに、本当に逃げ出したくなった。


「ローは、誰かと結婚するの?」


わたしは黒色のソファを撫でながら言った。毅然として言おうと思ったのに、声がすこし、震えてしまった。かっこうわるいなあ、とおもう。


「そうか、聞いたのか」

「けっこん、するの?」

「そうだな、近いうちにな」


ローはいつものように何事もなげにココアを作る用意をしていて、わたしだけが取り残された気分だった。


「どうして…」

「どうしてもなにも、もうおれたち、子供じゃないんだぞ」


ローはまた、諭すように言う。部屋の隅の、熱帯魚が住む水槽の奥底に、しろい小さな貝をみつけて、わたしはそれになりたいとおもった。
映画のような恋に憧れていた。たくさんの情熱的な恋をして、失恋をして、泣いてときめいて壊れそうになって、それからだんだん擦り切れて。けっきょくはここがいちばんなんだって、そう気づいたローの隣で、わたしは死んでゆくとしんじていた。ずっとずっとそうしんじていた。熱くてとろけそうな恋には向かない彼だけど、なによりも大好きで大切な、わたしの場所だと信じていた。ローのとなりで死ねるはずだと思っていた。
そんな、映画のような恋のおわりに憧れていた。


「そんなの、勝手だよ」


わたしがなにより勝手で自分本位なのに、わたしはローを責めることしかできなかった。そうしなきゃ壊れてしまいそうだった。自分を保っていられなかった。ごめんなさいごめんなさいどうか置いていかないでよ、心の中ではそう叫んだ。泣いて縋って、それで戻ってくれるなら、わたしは何もかも捨てただろうけれど、彼はそういうのが、いちばんに嫌いなのだと知っていた。わたしは彼を、知りすぎていた。誰より彼を、知りすぎていた。


「なあ、なまえ、どんな気分だ?」


そうして、彼もわたしを知りすぎていて、わたしはどんどん追い詰められる。わたしをいじめてわたしを救う。とことんまで、とことんまで。ごめんなさいは聞いてもらえないところまで来ていたの、わたしたち。だけれどごめんなさいごめんなさい。ああやっぱりわたし、小さなしろい貝になりたい。そうじゃなければいまここで、お星のように消して欲しいな。

ほら、わたしまだ、映画みたいなエンドに憧れている。






映画のように息をして
(13-04-06)



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