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鏡舎にむかう途中の道で、ああ秋がきたなと感じる。
制服のスカートの中、素足がすこし寒いし、半袖シャツじゃもう風邪をひいてしまいそう。ふわっと金木犀のかおりがして、またひとつ季節を一緒に越えることができたこと、感慨深さに胸が痛む。まるで奇跡みたい。あなたと出会ってからの日々は全部光っていたように思う。

イグニハイドへつながる鏡にとけると、身体全体がほんのり青く発光する。まるであなたに染められてるみたいで、毎回すこしどきどきするの。もう慣れたことなのに不思議だね。
今日もなるべく軽い足取りで、笑顔で、あなたの部屋をノックしなくては。

ベイビー、ねえ。

ふつうの仲のいい恋人同士みたいに、未来の話をすること。わたしたちには叶わない。不確定要素が多すぎる、乗り越えなきゃいけない問題が多すぎる。そのせいで苦しいことがたくさんあるね、わたしにもあなたにも。
この愛がはたして正しいのかさえ、不安になる。こんなに愛しているのにね。

「イデア先輩、きましたよぉ」

「…うん、いらっしゃい」

なるべく静かに部屋に入るけど、くるりと振り向いたあなたの表情も声もいつもより少しだけ元気がない。わたしもきっとそうだから、合わせ鏡みたいって思う。

「なんだか、今日は顔色悪いですね」

「君こそ」

「難しいことでも、考えちゃいました?」

「さっき学園長から、聞いたよ、例の件」

「…そう、ですか」

イデアの言ってることはアレの事。学園長にはわたしも昨日呼び出されてる。「もしかしたら帰る方法が見つかるかもしれませんよ!可能性としては40パーセント!なかなか希望的でしょう」学園長はいつも生き生きと報告してくれる。とはいえ、三か月に一回ほどこんな進捗の報告があって、毎度失敗してるから、

「今回も、どうなるかわかんないです、結局成功しないと、思う。…その話、学園長に直接聞いたんですか?」

「…うん。今回から僕にも協力してほしいんだって」

「イデア先輩が?」

「そ。まあ、妥当だよね」

「異世界ワープなんてSFみたいな話ですし、古臭い魔法よりテクノロジーのほうがより正解に近づけるという推測は大方当たりでしょうな」イデアはため息をつきながら、今の今まで使っていたデバイスを次々スリープにしている。「やりたくないなあ」独り言のようにつぶやいている。

「あのね、なまえ氏、拙者、君を向こうへ帰すための手伝いなんて、1ミリもしたくないんですわ」

「…はい」

「拙者のこと、冷たいとか情けないとか思う?」

「そんな、まさか。わたしがもし逆の立場だったとしても、嫌ですもん」

イデア先輩はほんのすこしだけ表情を緩めた。微笑んだんじゃない、これは、きっとあきらめてる顔。なにを?想像なんてできない、したくない、それはもうたくさんのことを諦めてきた。
あなたは諦めるのが上手。わたしも少し見習わなきゃね。
つらくなってしまって、ベッドに腰かけたイデア先輩の隣に寄り添うように座る。

わたしはきっとこの学園から離れて、自分の、もといた国へと帰らなければいけない。あなたはあなたで、立派に自分の生家の跡取りをつとめなくちゃいけない。
地位や名誉や家族や生まれた場所、いろいろなしがらみは、わたしたちの想いとは関係ない。ぜんぜん違うメカニズムで、ぜんぜん違う方法で構成されている。やっぱり、わたしたちのこの愛のほうが、世界にとってはエラーなのだ。

「イデア先輩、あいしてます、すごく」

わたしがそういうと、投げやりに、でもしっかりとした口調で「しってる」と返事をしてくれる。

「いくら"あいして"てもねぇ、難しいですな」

そんな皮肉な言い方をして、遠くをぼーっと見やる金色の瞳。「あいしてるから、むずかしいのかもね」と小さく返す。なんの意味もない返事。

こうして顔を突き合わせて、難しいねなんてお互いに言うくせに、それを解決するべきだなんて考えないようにしてる。あまりにも無謀だから。「もういいの、これ以上考えないでください、やめましょ。ね?」考えたって仕方ない、わたしはあなたの難しい顔ばかりみたくない。いいよ、もうこの話はやめよう。忘れよう。
限られた時間で、苦しい思い出ばかりは嫌だから、必死に、必死に目を背けてる。見ないふりしてる。どうせ時間はやってくる、泣いてても笑っててもタイムリミットはすぐ近く。
あなたは諦めるのが上手。わたしも少し見習わなきゃね。

目を背けて、その代わりに目の前のお互いを見つめて、不安をかき消すように何度も何度もキスをするのだ。今日も。

「ずるいなあ、君は」

「しかたないんですもん」

息ができないくらい、酸欠になって頭の働きが止まってしまうくらい、はちゃめちゃにキスをして、合間になんどもお互いの存在を確認して、何度も、何度も。

「イデア先輩、おねがい、泣かないで」

「泣いてなんかない」

「うそ、だって泣きそうですよ」

わたしがそういうと、あきらめたように目を細めて、

「…君こそ、泣きそうだよ」

とわたしの頭を撫でてくれる。泣かないで、恋人よ。未来はわからない。だから今を生きていようよ。
こうして指に触れた熱や、お互いの名前を呼びあう声の響き。そういうものを宝物にしてさ。

「大切なものほど、手のひらから零れ落ちていくんだ」

あなたの心はまた、さめざめと泣いている。

「…ほんと、人生も、感情も、再起不能のエラーばっかりですなぁ」

どうかそんなふうに言わないで、今この瞬間のわたしを愛して。
諦めるのが上手なあなただけど、せめて今この時のことは真正面から見つめてよ。
この先の道のりが、たとえ茨の道だったとしても、ぼろぼろに引き裂かれて傷だらけになったとしても、たった今、幸せで満ち足りたわたしのこと、あなただけが知ってる。世界中であなただけが。
これだけは真実。誰にも奪わせない。奪わせないで。そうでしょ?


心の中で叫ぶけどわたしは何も言えないままで、あなたを抱きしめて眠ることしかできないのだろう。


泣かないで恋人よ、未来はわからない。


(20.10.08)




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