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「へぇ、それで、シズちゃんのこと振ったんだ?」

「彼、君のことがすっごく好きなのに」目の前の黒い男はケラケラと楽しそうに笑っている。その仕草は悪意に満ちていてとても不快なはずなのに、不思議とそんなに嫌じゃない。わたしは昔からこの男には弱いのだ。

「"静雄くんは正義感や責任感が強すぎるし、自己犠牲的すぎる"なんて笑っちゃうね。そう言われた瞬間のシズちゃんの顔、俺も見たかったなぁ」

「もうからかうのはやめて。でも、静雄くんはあまりに無自覚的に"そう"だからね…」

「ハハッ、うんうん、君が苛立つ理由もよくわかるよ」

「べつに苛立ったわけでも嫌いなわけでもないよ…。ただ、ああいうタイプは、わたしみたいな人間といるとどんどん我慢して負担を抱えて、いつか爆発するのよ」

「まさにその通り、君は賢明な人間だねぇ」

ブラボー!とでも叫び出しそうな勢いで、臨也はスタンディングオベーション。拍手している。さすがのわたしもややムカつく。

静雄くんのことは、好きか嫌いかでいうともちろん好き。善良な人間だし、臨也をのぞけば誰にでも分け隔てなく優しいし、背も高くてすらっとしていて、顔だってかっこいいし。超素敵。言うことなし。文句なし。もちろん好き。わたしにはもったいないくらいに好き。光属性が強すぎて、もはや憧れの存在と言っても過言ではない。
だけど、お付き合いするということになったらまた別だ。この場合、こちらに問題がある。わたしはそもそも利他的に生きることが不得意な人間で、自覚があるくらい貪欲。生にも、幸せにも貪欲。なにをさしおいても自分の幸せを手に入れたいと思ってる。
そんなわたしといたら、優しくて献身的な静雄くんは、自分を抑えて、我慢して、わたしに尽くしすぎてダメになってしまうか、溜め込みすぎてドカンと爆発してしまうのがオチ。

わかりきっているからこそ、そんな無情な状況に彼をさらすことはできない。わたしがいくら彼に好感を持っていて、その彼がわたしを好きだといっても、だ。

「すがすがしい!これ以上ないほど愉快だ!今日はまさに最高の日だねぇ!」

臨也は悶々とするわたしを無視して、どこからか高そうなシャンパンを出してきてポンッ!と勢いよく栓を外した。本当に嫌なヤツ…

「さあさあ、遠慮せず。今夜は君が主役だ!君に乾杯!」

無理やりシャンパングラスを持たされて、乾杯させられる。グラスには真っ赤な苺まで浮いている。無駄な演出までどうも。臨也は怖いくらいに笑う。

「ああ、オリーブとチーズも出そうか!君、なにか好きなものある?探してきてあげるよ」

初めてみるようなキラキラした上機嫌な笑顔で、キッチンは消えていく臨也を、黙って見送る。
一体なにに付き合わされているんだ?
今、わたしはとても悩んでいるというのに。だって、このままじゃ、静雄くんを苦しめるような自分のままじゃ、人生オワコンでは?だって静雄くんみたいな人間と付き合うのって、好かれるのって、きっと女の子が幸せになれる選択肢、最上位!ナンバーワン!に違いない。その選択肢を絶対に選ぶことのできないわたしって…もう人生、お先真っ暗なのだ。

「あれれ?こんな素晴らしい日に、君はどうしてそんなに暗い顔してるわけ?」

「いや、わたし、女として幸福になれないかも…と思うと憂鬱で憂鬱で」

「はぁ?」

「だって、わたしたちみたいな自己愛が強くて好奇心先行型のエゴイスト、普通は絶対に幸せになれないよ…というか他人に幸せにしてもらえないわけだから、もう実質ジエンドでは?」

「ああ、そりゃ、まあ、そうじゃない人間のほうが他人とはうまくやれるよね。…エッ、君、いまさらそんなことを憂いてるの?」

「当たり前だよ!臨也は自分勝手に好きなことして騒いで幸せそうだからいいけど、わたしは…」

「ふうん。…あ、じゃあ、俺と付き合う?」

ピシッと時が止まる。
横目で臨也を伺うと、平然とシャンパングラスを傾けている。こいつ、今、なんと…?
もぐもぐとつまんだオリーブを咀嚼しながら、臨也はこちらを向いた。

「君みたいな人間は、俺みたいなのといたら、なんとかぎりぎり幸せになれるよ」

「ちょっと、本気…?!」

「うん。だって、俺たちは最強の余り物同士ってことでしょ?」

人の悪い笑顔がまぶしい。

「臨也、それってもしかして、静雄くんに対する当て付け?」

「さあね?どうだろう。…でも、まあ、間違いなく俺なら、君のこと、持て余さず幸せにできると思うけどね」

にやりと企むように笑って、わたしをそちら側へ引きずり込むひと。
あなたってひとはいつもそう!本当に欲しいものにはあまのじゃく。自分の主張じゃないふりを徹底、決定権はあくまで他人に押し付けて、いちばん美味しいところだけもっていくんでしょ?
ああでもわたしも似た者同士。わたしたちって本当にずるいね。


われわれは云わばピンクペッパー。まったくないと寂しいけれど、そのままではちょっといただけない。世界にとってそういう存在。
それなら二人でのけ者同士、愛し合ったっていいのかも。
いいのか…?なんか流されてない?


「さ、可哀そうな君にめんじて、さっそく愛してあげようか」

そんな憎まれ口にそぐわない優しい声で「こっちへおいでよ」と言われてしまって、わたしの身体はまるで自分の言うことを聞かない。やっぱりわたしは臨也に弱い。



(20.10.06)



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