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わたしは彼のことを、大型犬だと思うようにしている、節がある。
そうじゃなきゃとてもやってられない。

「おかえり、なまえ」

普段の雰囲気からは想像つかない、ふやふやした、無防備に緩んだ表情で迎えられる。
長身をやや猫背にまげて、ゆらゆらこちらに近づいてくる彼は、炎をまるでしっぽみたいにくゆらせて、揺らしながらやってくる。無条件にしあわせそうなその顔をみると、毒気がすべて抜かれてしまう。
「ただいま」わたしは笑顔で返事する。彼は満足したように両手を伸ばす。

「うん。今日もまずはこっち」

ゆっくり手招きして、手首を優しく引いてくれる。
そしてわたしの身体を支えて、ベッドのうえに、丁寧に座らせる。一つ息を吐いてから、あらためてわたしの名前を呟くと、意を決したように両脇に手をついて、上から抱え込むように抱きしめる。すると彼の炎もふわっと立ち上り、わたしをやさしく、守るように包み込む。視界が青く光りはじめる。だんだんと、青い炎と彼の白い肌、黄金のひとみしか目に映らなくなくなってしまう。まるで異世界に迷い込んだみたいに。
自然と上を向くわたしを、あやすように髪をなでて、頬をさらって、はぁ、とため息をつく。苦しそうな表情に、おもわず彼の頭を撫でてやる。
そうすると彼は、ゆっくりと顔を近づけて、許可を取るように目配せをする。わたしはうなずいて、静かに目を閉じる。たしかに閉じる。
すると途端に降ってくる。
いつものように、息つく間もないキス。
「かわいい、かわいい、すき、すき」
このひと、言葉の意味、キスの意味、はたしてわかってるのかしら?
彼の行動は決して、それより先には進まない。その代わりのように、埋めるかのように何度も何度も繰り返される口付け。わたしは子宮がうずいたままで受け止め続けるのが常。
もしかしたらあなたは、他人への愛し方や接し方がまだよくわからないのかもしれない。アンコントロールな感情を、こうやって受け流して、わたしに注ぎ込んでいるのかもしれない。そう思うと、とても、とてもかわいい。たえられないほどに。
舐めるように、啄むようにキスがいくつも降ってくる。大きな身体をかがめて、わたしの顔や、首筋、頭にキスを降らせる。
あなた、まるで大きなレトリーバーみたい。

「かわいいよ、だいすき」

しかたがないから、わたしは彼の背中をさすったり、とんとんと叩いたりする。彼はわかってるのかしら?こうして異性にキスをする意味、それによってわたしがどんな熱を持つか。
きっとわかってないんでしょう。

「もう何時間も、この瞬間だけ待ってた」

ひとしきり口付けを終えて、彼は隣に腰掛ける。わたしの身体を抱きしめなおして、すうっと深呼吸。
今日はもう満足したのかな、終わりかな、と思って少し身じろぎすると、「まだこのまま」ベッドにつなぎとめられる。

「…あの、今日は、もうすこし。いい?」

そんなふうに、控えめに聞かれたら、イエスと答えるしかないじゃない。また繰り返されるキスにわたしはなけなしの忍耐をひっぱりだす。とろけそうになる腰に、背中に、何度もぎゅっと、力を入れる。
彼のキスはいつもバードキス。確かめるように、触れ合わせるように、交わすキス。本当のことを言うと、わたしはもう、焦ったくてしょうがない。
でも、あなたを急かすことはしたくないから、あなたが満足する限り、わたしは享受して、そして与え続けたいと思う。愛を、熱を、安心を。

ほら、また。欲を込めた目で見つめられては、いてもたってもいられないけど、わたしは優しくあなたの背中を撫で続けるのだ。子どものようなあなた。
伝わってるよ、だいすきだよ、おびえないで。そんな気持ちをすべて込めて。
あなたがわたしをたくさん許してくれるように、愛して、そして自由にしてくれるように。わたしはあなたをたくさんたくさん甘やかして、いつか1つになれる日を思うの。

「なまえ、ほんとに好き、ダメになりそう」

「どうしたらいいのかわかんない」あなたの、そんなこらえるような声色に、わたしはまた、ゆっくりと心を燃やす。
なるべく喉を震わさないよう、「わたしも」と小さく返す。

「ねぇ、きみ、そんな目してさ、ぼくのことなんだとおもってるの」

「うーん、大きいわんちゃん?」

「ヒョ?!ペット…?」

「ふふ、うん、かわいい大型犬」

「ああ、そう…」

「まあ、君の犬ならいいかも」なんて照れながら、身を縮めて胸元にすり寄ってくる。かわいいかわいいわたしのあなた。
幸福そうに、ふわふわと揺れる炎を撫でて、何度も何度も繰り返す。しあわせと愛の不格好なかたち。
わたしのあなた、あなたのわたし。



アイワナビーユアドッグ、
わたしはあなたの犬になりたい。

とらわれているのはどっちだろう?



・・・

イデアくんはやや性に潔癖な童貞であってほしい
という願いのもとに生まれました。

どろどろのピュアラヴ。



(20-09-29)



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