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はるかかなたの夢を見ていた。

もう、ほとんど忘れてしまった過去の夢。
わたしはここじゃない世界にいて、
この世のものとは思えないほど美しい人に恋をしていた。

あなたはいまもわたしを覚えているかしら。
たしかそういう魔法をかけた。
わたしはとってもずるいので、呪いににも似たその魔法をしっかりとかけて去ったのだった。

ねえあなた、
きっと、いまはもう眠っているあなた。

あなたの時間は止まったまま、
わたしだけ走り出してしまったからね、
わたしは記憶の箱にフタをした。
一生あなたを思って泣くことがないよう、
あなた、あなた、真っ白なあなた。


なんでこんなセンチメンタルを想ってしまっているかというと、
あの日、あたたかくて真っ白なホットミルクを入れて、小説を読んでいたの、そうしたら小説の挿絵、真っ白で優美な鳥。
大型の鳥。はばたき。

アッ、と思った。
すぐに携帯で調べた、これに会いに行かなくちゃならない、これはどこにいるのだろう。
この国の北側、さいわい今は凍てつく冬だった。

すぐに電車の切符を買った。
大きな湖にむかった。
凍りそうなほど冷たい外気と、燃えるような身体。
行かなくちゃ、行かなくちゃ。


はしりだした。
バスに乗り換えて、知らない土地で、まっすぐに目指したのは見たこともない鳥の住処。

バスを降りた。
あたりは開けていた。〇〇湖はこちら、案内板がでている。坂になっている。必死で駆け出す。会いに行かなくちゃ。約束したの。約束、何と?誰と?どんな?

なぜかわたしの視界がぼやけて、そのとき、みずうみが広がった。

アッ、と思った。
夕焼けに照らされた湖面、白い翼がはためいて、飛び立つ。次々と。
涙が次々こぼれ出た、もう何も見えない。
求めていたものとの違いを歴然と感じてしまう。

「あいにくるといったのに」

真っ白な後ろ姿、
こちらを見ずにひらひらと手を振る。
最後のあなたの気高さを。

「心配するな、きみの生きる道は明るい、なあ、おれが保証してやろう」

大丈夫だ、あなたはわたしのまるい頭を撫でていた。
何が大丈夫なの?どうして心配いらないの?真っ白の光が消えたとき、なにが灯りをもたらすというの?

いくつもいくつも約束したよね、
約束とは言えないものばかり。
あそこの甘味屋にまた行こうね、
手を繋いであるこうね、
かわいい着物をえらんでね、
暑い夏はみんなで花火をしようね、
寒い夜はふたりでゆっくり甘酒を飲もうね。

いつか鶴がとびたつ湖をみにいこう。

そう言ったら「鶴はおれだけで十分だろう」と笑っていたっけ。

もう会えない。
わかってる。わかってる。

あなただって、わかってる。
銀色のまつげをやわらかく閉じて、
柔和な顔でねむってる。

もう二度と、その蜂蜜色のひとみに映ることはない。
わたしがいちばんにかわいいことを、あなたしかしらないというのに。

あいしてるよ、だいすきよ、特別よ
あの日言えなかった言葉が堰を切ったようにあふれる。

神様、神様、
わたしの命を奪ってしまっていいから、
もう一度会いたいの、完全にあなたを忘れてしまう前に、そのまえに。


上空を真っ白な鶴が舞う。
わたしはこのまま汚ならしく生きてしまって、あなたをどんどん忘れていく。
あなたをすきな、純白のわたしが消えていく。
あああなた、もう一度笑って、好きだと素敵だと特別だと笑って。
かなわなかった恋ほどに、尊いものはないでしょう。
わたしは神様にぬすんでしまわれたい。

(20.05.31)



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