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「なあ」

「ん?」

「ここ最近どこいってたんすか」

いつもの暗い研究室なのに、いつもとは違う空気が浮いているような気がした。ひさしぶりに帰ってきた彼女がいるだけで、こんなにカラフルになるとは思わなかった。なんだかすこし、居心地の悪さすら感じる。

「喜助のところに納品しにいってたのよ」

硬いソファーに体を預けて、現世で買ってきたらしい菓子をぽりぽり食べているそのひとは、いちおう俺の上司である。

「一ヶ月も?」

「そのくらいかしらね、そんなに長くいた気がしないわ」

「じゅうぶん長かったっすよ」

「なに阿近、さみしかったの?」

おかしそうに笑いながらそう聞かれると、我ながら情けないなあと思う。

「うそうそ、ごめんね、阿近くん、こっちにおいで」

にやにやを顔に貼り付けたままで手招きする彼女に、ため息をついて呆れた振りをしてみせた。甘い匂いがふわりとするから、さっき熱した薬品をそろそろ調合しなくちゃなあ、なんて考える。それでも体は彼女の方に向かって、次の瞬間には彼女に抱きしめられているのだから、これはもう一種のマジックである。

「先輩」

「よしよし、さみしかったのね」

「先輩」

「うん?」

ソファに座ったままの彼女にすこし体重を傾けると、スプリングがぎしぎし揺れる。

「向こうでなにしてたんすか」

「ついついね、もっと早く帰ってくるつもりだったんだけど、居心地が良くって」

「……」

「テッサイさんのお料理もおいしいし」

「先輩」

「はいはい……あ」


彼女がドアのほうをみて、小さく声を漏らす。遠くからよく知った霊圧が近づいてくるのを感じた。俺は一度だけ目を伏せて、ゆっくり彼女から離れる。


「せんぱーい!」


俺が霊圧分離機の前に戻ったところで、いきおいよくドアがあいたから、俺はさっきの薬品をうつすスポイトを用意しながらしめった煙草に火をつけた。まったく、うまくいかないもんだ。

「おかえりなさい!」

「リンちゃん、ただいま」

彼女はさっき俺にしたようにリンを抱きしめて、またにやにや笑う。リンは彼女が現世にいってたこと、知ってたのか。

「先輩、おみやげは!」

「買ってきたよ、今回は奮発して五箱も買っちゃった」

彼女はやっとソファから起き上がって、いつのまにかドアの近くにおかれていたダンボールからゆっくりと、黄色の箱をだした。

「うわ、さすが先輩!ふとっぱらっすね!」

「まあね、ナマモノだから、早く食べなさい」

リンは満足そうにお礼を言って、スキップで部屋を出ていく。前が見えなくなりそうはほど箱を抱えていたから、先輩が「送ろうか?」と聞いていたけど、そのままにでていってしまった。

「あの子、転ばないかしら」

ソファに座りなおして、伸びをする彼女はとても上機嫌だ。

「先輩」

「ん?」

「おれに土産は?」

俺はフラスコに視線を戻しながらたずねる。あと、これをもう一度加熱して、二回濾過して、昇華させたら終わりだ。

「そうね、阿近くんへのお土産は、わたしかしらねえ」

適当にバーナーの火加減を調整して、クリップに試験管を挟む。

「ねえ、阿近くん、むこうは居心地がよくってね、喜助も現世に住めばって言ってくれたんだけれど、でもね」

かちゃん。コーヒーカップを机におく。それだけの音がいやに大きく聞こえるのは、だだ広い灰色の部屋に二人だけしかいないからなんだろう。そういえばすこし肌寒い。

「でもね、けっきょく、阿近くんに会いたくて帰ってきちゃったのよ」

ずるいなあと思った。

「まあ、正式には阿近くんたち、かしらね」

やっぱり、なおさらずるいなあと思う。おれはいっしょう、この人に勝つことなんてできないだろう。





(17.09.19)



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