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夏の間はずっと忙しくて、届いた中元や暑中見舞いの荷物は開けないまま、ひたすら玄関に積んでおいた。なんとなく眠れない夜、俺はそれをシュルッと解いていく。大きくて柔らかいバスタオルや地中海でとれた塩、フォションのフルーツティの詰め合わせ。モーニングティの茶葉の方がまだ嬉しかったな、と考えたりする。見飽きた品ばかりだったその中の一番小さな箱に、濃縮タイプのカルピスが入っていた。
水玉のそれを見つけた瞬間、日に焼けたセーラー服の裾が、目の端をそよいでいく。気がした。


あの日、波止場の端っこ、船をつけるためのボラードに腰掛けて彼女は笑った。

「ほら!向こうから夏が終わっていく」

昨日よりも柔らかい、夕日が落ちていく姿だった。彼女の指の先をみつめる。ほんとだ、夏が逃げてくみたいだね。そう言って俺も笑った。

「でもカルピスが美味しい間はまだ夏ね」

夏はいつも左手にカルピスの紙パックを持って、たまにカルピスソーダのペットボトルだったりして、彼女の白い肌にはそれがよく似合っていた。
ザブンザブンと多少静かになった波が、打ち寄せてはどこかへ帰っていく。まだ夏に未練を感じている誰かは、半袖のセーラー服のままで小さく身震いする。

「日が落ちたら寒くなるってさ、俺が何度言っても君はセーターを持ってこないんだね」

生ぬるくて涼しい風だから、サマーセーターだって羽織ればまだマシなのに。なんて、ワイシャツ一枚の俺は失笑する。本当は、なにか貸してやれる上着でも持って来ればよかったなと思ったりもするのだ。毎回のことだ。

優しさや、人間らしさの源はどこにあるのか。波が寄せては返すようすを眺めながら考えていた。母なる海とはいうけど、生命の源はこの海だ、水だ、湧き上がる何かだ。学生時代の俺はなんとなく、自分がいつまでも大人にならないと知っていた。隣の彼女は、いつか大人になるのだと知っていた。俺と彼女の差とはなんなのか、同じ景色を見ているのに。同じように風に吹かれて、同じように海に抱かれて、同じように夏を見送っているのにな。人間の多様性が、大人になるにつれて広がっていって、誰も彼も別々の道へ。その道で彼女も誰かに出会うのだろう。いつかの誰かが幸せな人間でありますように、海のような人間でありますように。俺は願うことしかできないけれど。

「海はどこまでも続くよね、私たちは波と一緒にどこまで行けるのかな」

そう言って目を伏せた彼女も、何かに気づいていたのだ。
あの時と同じ波が今も、きっとどこかの港に打ち寄せている。波は永遠に死なない生き物みたいだ。俺たちのすべてが変わっても波はずっと変わらず海の中で生まれたままで。少しだけ羨ましい、なんて言わない。海なんて本当はもう見たくもないよ。波に乗って、いつかの彼女が帰ってくるような気がするのだ。そんなことがあったら俺は情けなく頬をゆるめてしまって、きっと波に馬鹿にされるね。


新宿のビル街、時刻は午前4時50分。窓ガラスの外はもう白んで、冷たい風が吹いている。俺はまだ昼間の熱が微かに残った部屋で冷蔵庫を開ける。薄いグラスに氷をいれカルピスを注ぎ、冷水で割ってやる。カルピスなんて作るのは何年ぶりだろうか。いつの間にか波に、遠く置いていかれていた気がしている。

カランカラン。切ない音をたてながら氷が溶けて、今年も夏が終わるのだ。





うたかたの日(2015.10.10)



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