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深く息を吐いて、庭に向いた戸を開けた。まだ肌寒い、清潔そうな風が吹き込む。私の部屋はどんなに小さくてもいいから、庭に出れる間取りにしてくれとそれだけ、ひとつだけお願いをした。いつでも外にでられるように。センチメンタルな空気にやられそうになったとき、いつでも逃げていけるように。私は人間で彼らは神様。私は主で彼らは刀。そんなことはハナから分かっている。

「ため息なんてつくと、幸せが逃げちまうぜ」

いい風だな大将、なんて笑う彼はどこまでも綺麗で、夢を見るような気分になる。気を紛らわすように湯呑みを傾ける。薬草だろうか、癖のある香りに癒される。

「ねえ、薬研はこの戦いが終わったらどうするの」

「他はどうだか知らねえが、俺っちは大将の言う通りにするよ、どうなろうとな」

「…本当によくできた子だよ」

「どうだかなあ」

「そうよ、このお茶もとっても美味しいもの、ありがとう」

「ドクダミは冷えにも効くからな、暖かくなってきたからって気を抜いて、大将に風邪でもひかれたら、俺っちが困るんだ」

薬研はそこで一息つくと、羽織った白衣を正して机に向きなおる。それに促されるように私も、席に戻って筆を取る。美しくて頭が切れて、とってもいい近侍。とってもいい刀。私には薬研しかいないなあとひとりごちながら、報告書を埋めて行く。チリンチリン。気が早いけれど昨日、軒下にかけた風鈴の音が涼やかで、全てがもう充分なのかもしれないと思う。

「なあ大将」

薬研は視線を紙の上においたまま軽やかに筆先を滑らせていたが、

「さっき言いたかったことって、それだけじゃねぇだろ」

次の瞬間には顔を上げて、私を捕らえる。綺麗な瞳だなあ。

「俺っちにも教えてくれや」

何となく気まずくなって、目を逸らす。

「…あのね薬研、私は、みんなが大切」

「ただ、あなたは一番大切、あなたがいなきゃ私はなんにもできないの」

薬研は一度だけ大きく目を開いて、そのあと「そうか」と微笑んだ。

「遠くない未来だと思うのよ、すべての仕事が終わって、私たちは解放される、何もかもからね」

「そのとき、みんないなくなった時、私には何が残るのか考えたの」

「私にはね、大事な大事な、幸せな思い出以外何もなかった」

チリンチリン
少し強く風が吹く。明日は雨が降りそうだ。

「でもね私、いまがすごく幸せだから」

なぜか涙が溢れて溢れて止まらなくなった。可愛い短刀たちがいて、優しくて強い大振りの刀たち、味方をしてくれる打刀と、そして、どんなときもそばに寄り添ってくれる、私の近侍。

「あなた達と、薬研と、一緒にいれて私は幸せなの」

「幸せで、怖いの、だからどうしたらいいかわからない」

いつかこの日々も終わる。終わらせようとしているのだから、終わることが正解なのだ。でも、ここはあまりにも居心地がよすぎる。決して混じり合うことのない存在なのに、私は彼らを愛してしまった。いま、私は、彼らを失うことが何よりも怖い。解放してあげることが役目なのに、手放したくないところまできてしまった。
声を殺して小さく泣けば、薬研がそばに来て抱きしめてくれた。

「わかってる、わかってるさ大将」

「少し意地悪な質問しちまったな、許してくれ」

チリンチリン
風は止んで、暖かな空気に身を委ねる。

「少なくとも俺はな、あんたに一言、お役御免だと言われれば去るし、そばにいろと言われれば喜んで、いつまでもそばにいるぜ」

約束する、そう言って背中をポンポンとあやされて、まるで子供になったみたいだ。だめな審神者でごめんね、あなたたちを幸せにできなくてごめんね。

「薬研、好きよ、だいすき」

「ああ、知ってる、わかってるさ」

せっかく淹れてもらったお茶が冷めてしまうなあと思いながら、私は彼の腕の中に甘える。この場所がどこよりも最高に暖かくて安全で、そして永遠のように感じた。すっと涙が引くのがわかる。私は彼の何倍も何倍も子供だ。

「なあ、大将、あんたを絶対ひとりにはしないよ」
「だから俺っちもひとつだけ、頼み事、いいかい」

「なあに、薬研」

「さっきは去ると言ったけど、あんたが俺っちを見限ったそのときは、あんたの手で、俺っちを刀解しちゃくれねぇか」

ねえ、そんなことを言わせてごめんね。薬研の言葉に少しだけ嬉しく思ってしまう自分を呪った。いつか私は、笑顔で手を離すことができるのかしら。

チリンチリン
明日は雨が降りそうなので、内番も出陣も少しお休み。部屋にこもってこの人と二人、私は本でも読んでいよう。



(15.07.29 不鮮明だけど愛してね)



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