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スカートの裾が揺れてヒラヒラと、彼の制服のズボンに当たっている。

「臨也、パピコ半分こしよう、そしてそのまま帰ろう」

教室はまだ5限が始まったばかり。私と臨也は屋上で始業のチャイムを聞いていた。

「はあ?あんたホームルームは出るって言ってたでしょ」

「ここ、暑いしそんなに長くいられないことに気づいた」

「確かに蜃気楼で目の前が歪んでるけど、俺はそろそろ眠くなってきたから動くのは嫌だよ」

「それ危ないよ、やっぱり逃げよう」

あっつい日陰に寝転ぶ臨也の手首を引っ張って起こす。

「ああもう面倒だなあ、そうやってコロコロ主張を変えるのはやめろって言ってるだろ」

「臨機応変に対応できなきゃ社会ではやっていけないよ、臨也」

「君はただ考えなしなだけでしょ」

この時期の屋上が暑いなんてことくらい猿にだって予測できるよ、彼はすごく嫌そうに立ち上がって、ズボンについた砂を払う。今日はなぜか、輪をかけて不機嫌だ。
昨日、なんとなく風が冷たかったから、今日もぎりぎりいけると思ったのだ。もうすぐ灼熱地獄となる屋上で、過ごしたい理由が私にはあった。

タカタカタカと高い音を響かせながら階段を降りる。私はまだ手首を引っ張ったままで、彼はイヤイヤついてくる。ごめんね、嫌だ、ごめんねって言ってるじゃん、嫌だっていってるでしょ。そんな応酬の価値も、今の私にとっては千金である。

タカタカタカ、教室たちを通り過ぎ、下駄箱までおりて行く。靴を履き替える。やんわりと熱を持つローファーに足先を通す。コンコンつま先を整えながらまた臨也の手を取ると、「もうわかったよ、逃げないから離せ、暑い」と怒られた。「嫌です、臨也はすぐいなくなるから」「逃げないっていってるだろ、聞こえないの?」「信用ならん」

守衛さんは丁度お昼休みのようで、ひとりを残して誰もいなかった。ひとりだけの守衛さんの目を盗み、いそいで門外へでる。この瞬間がいつも好きだ。ひっそりと押し黙った校舎をあとに、私は特別な場所へ解き放たれるような気分になる。臨也と一緒だと尚更ロマンチック。普通なら学校で退屈な授業をうけるべき時間に、静まり返る街へでるのだ。シーンと静かで、放課後や休みの日には聞こえない音のする街。まるで私と臨也、世界にはふたりだけのようだ。

「楽しいね、臨也」

「君が必要以上に引っ張るから、ものすごく疲れた」

「ローソンにパピコ売ってるかなあ」

校門はもう見えなくなって、私は臨也の手を離す。一番近いコンビニへとぶらぶら向かう。まだ、蝉の声はしない。

「は〜涼しいや〜」

コンビニの自動ドアが開くと、天国のように涼しいけれど、代わりに人間の臭いがする。さっきまでとは別世界のようで、すこし残念だった。「みてこれ、クリームチーズ味のかき氷だって、初めて見た」ハーゲンダッツやカロリーコントロールアイスが並んでいる大型の冷凍庫の前で騒いでいたら、いつの間にか臨也は私を通り過ぎていなくなっていた。

「なにやってんの、もう出るよ」

片手に小さいビニール袋を下げた臨也に叱られる。

「あ!パピコあったの?」

「…早くいくよ」

はあとため息をつきながら、自動ドアの向こうの臨也は、袋から出したパピコをポキポキやっている。ゴミとパピコの半分を私に押し付け、「冷たくてうまいね」とシンプルな感想を述べた。私も仕方なくゴミをバックに詰めこみ、チューチューと吸う。「冷たくてうまいなあ」同じ感想がでた。

「わたし、お茶も買おうと思ってたのに」

「知らないよ、もたもたしてるからいけないんだろ」

「臨也が忍者みたいに早すぎるだけでしょ」

パピコは甘くて冷たくてドロドロしていて、喉にまとわりつく。だらだらと歩きながら、このままどこに行くのかなと考えるけれど、聞かない。きっと臨也にだってわからないんだろう。私たちのすぐ隣を、たくさんの人を乗せた電車が通り過ぎる。さっきより少しだけ、風が涼しい。グニャグニャのパピコを押しつぶす。

「俺も今日はホームルーム出るつもりだったのに」

「今更言わないでよ」

「さっきも嫌だって言ったじゃん」

「臨也、ホームルームなんていつもでないくせに」

「君にはもう関係ないかもしれないけどねえ、俺の知能や学力がどんなに高くてもある程度の出席日数がないと、学校を卒業できないんだよ、それが日本の高校以上の学校制度なの、わかる?」

私にはもう関係ない、その通りだ。寂しくなって、「ねえこれ公園のゴミ箱に捨てよ」私は次の角にあった公園に無理やり臨也を引っ張って行って、ゴミ箱を通り過ぎ、ブランコに座った。臨也も促されるように、隣に座る。カラのパピコを咥えながら、ギコギコとブランコを揺らす。他は無音。誰もいない。私は今がとても素晴らしいものと思う。

「臨也はさあ、私が転校したら寂しいかなあ」

「せいせいするよ」

「そっかあ、私、転校した先でも頑張るからね」

「なにそれ、現に今頑張ってないんだから次も頑張れるわけないだろ」

「やろうと思えばできるもん、ちゃんと大学もいくよ」

「はあ?君が?無理でしょ」

「だって、大学にいったら、また臨也に会えるかもしれないから」

臨也は一瞬黙ってから「まさか君、俺と同じ大学に行けると思ってんの?」と笑った。

「がんばる」

「…あっそ」

「ねえ、パピコ、ありがとうね、たくさん買ってくれた」

「君は馬鹿の一つ覚えみたくパピコしか欲しがらないからね」

だっておいしいから、と私も笑う。臨也の手にあるパピコのカラを奪ってさっきのビニール袋に詰め込む。やっぱり暑い。

「飲む?」

何を?と聞き返そうとすると、目の前に半分ほど飲みかけのジャワティーのペットボトルが差し出されているのに気づいた。

「え、いいよ、臨也、人の飲みかけとか嫌でしょ」

「全部あげるよ」

「…あ、ありがと」

「なに意識してんの、気持ち悪いな」

鼻で笑われてワーッと恥ずかしくなって「うるさい黙って!」と予想以上に強い口調で反論してしまい、逆に穴があったら入りたい気持ちになる。いたたまれないので、ゴクゴクっとそれを半分ほど飲み干して、一息つく。なぜか、すごく悲しくなった。

「臨也だって、寂しい癖に。私がいなくなったら寂しくてご飯も食べられなくて夏バテになってとうとう静雄くんにやられちゃうんだ、きっと」

悲しくなって、涙がでた。

「え、なに君いきなりどうしたの」

「だってなんかムカつく、自分だけ平然としてさ!」

「わけわかんないし、とりあえずシズちゃんにはやられないし」

「むかつく、私が転校するっていっても少しもびっくりしないし、寂しがらないもん」

「別に、寂しくないわけじゃない」

「ほんと?!」

「…まあ、少しは」

「むかつく!」

わーん、と声を出して泣くと、臨也はため息をついて、立ち上がる。行ってしまうのかな、面倒臭かったかな、我慢すればよかった、こんなお別れ、最悪だ。後悔して俯いた。

「馬鹿なの?」

すごく近くで声がして、顔をあげれば、臨也が私の目の前にしゃがんでいた。

「君が転校すること、君が言う前から知ってたよ、当たり前だろ」

ずびずびと泣いているブサイクな顔を笑いながら、臨也は綺麗な顔で目を細める。私はやっぱりそうだったのかとなんとなく納得する。

「どうだっていいよ、君なんて。ずっとそう思ってたし、これからもそうだよ」

「でもね、君と食べるパピコは毎回冷たくてうまかったからね、うまいパピコが食べられなくなるのは寂しいかな」

臨也はブランコの鎖に手をかけて、私の指に触れる。すごく甘い愛の告白をされていると感じる私は狂っているのだろうか。暑い、とても暑い。涙が蒸発してしまうほどに熱い。でも、次の瞬間には、臨也のひんやりした指が、汗で張り付いた私の前髪を撫でる。

「向こうに行っても夏バテするなよ」

「ねえ臨也、大学生になったら、またパピコ半分こしよう」

「うん」

「ジャワティーのボトル、捨てないね」

「それは捨てろ」

「嫌だ、これが証拠だから捨てない、忘れたなんて言わせない」

「だから、逃げないって言ってるじゃん」

「臨也はすぐいなくなるもん」

「いなくなるのはお前だろ」


蝉の声はまだ聞こえない。サイダーのようにシュワシュワとしびれる指先。いつまでもいつまでも、続けばいいと思っていた。




(15.07.29 夏のヒーロー)



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