他人と生きるためでなく、他人を幸せにするわけでなく、私は私の幸せのために他人を利用していた。坂田くんを利用していた。
だからたまに、なぜこの人は、この男はいつも私の近くにいるのだろうと、そう思った。この人は幸せなのだろうか、だって私は坂田くんのことを何も知らない。好きな食べ物と好きな色、フルネームや誕生日も知ってはいるけど、他は何も知らない。何年も一緒にいるけど、何も何も知らないのだ。
彼の望みはなんなのか、とか、そういうことを。
だんだん気分が悪くなって、テーブルの上のアルコールを飲み干した。それから玉ねぎのピクルスをポリポリと食べた。口の中がスッキリして、いっしょに頭もスッキリしてくる気がする。
昨日サロンでやってもらったヘアカラーの匂いが、風に乗ってとんでくる。あまりいい匂いとは言えない。これはいけない。
窓を開けっ放しにしておくと怒られるから、立ち上がって鍵を閉めた。
はて、なんで窓を開けたままにするのを怒るんだろう?ドロボウが入るから?蚊が入るから?網戸をしてあるのにどうして?
ガラッと音がして、寝室から坂田くんが起きてきた。
着古したグレーのスウェットが、本当によく似合うね。
「おはよ」
「坂田くん、もうお昼だよ」
「…あらいつの間に」
「よく寝たね」
「まあな」
「あのね、今からおやつのパンを買いに行こうと思ってたの、砂糖のかかったやつ、坂田くんのお昼も買ってきてあげる」
私が薄手のコートに手を通すと、坂田くんはしゃがみ込んで冷蔵庫をゴソゴソやりながら、んー、と唸った。
寝癖が向こう側にはねていて、愛らしい。私のそばにいてくれるこの人は、果たして幸せなのだろうか。やっぱり私にはわからない、どうしてほしい?なにがしたい?欲しいものは何?全然わからないのだ。
「なまえちゃん」
「はい」
「パンは今度でいいからさあ、一緒にホットケーキ焼かねぇ」
やっぱり私はこの人が好きだし、新しいヘアカラーもパーマも、真っ先にこの人に見せたかった。どうせ気づかないとわかっていても、この人にまず見てもらいたかったのだ。
一緒に、なんていうくせに結局手伝ってくれなくて、ホットケーキは全部私が焼くことになるのだし、焼けたやつは全部坂田くんが平らげてしまうのだけれど、どうしてだろう。私はこの人が好きなのである。
この人といるだけで、なんとなく私、楽しいのである。
あなたと共にオアシスへ
行けたらわたし
きっと楽しい
(14.09.30)