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ギリギリと蝉がなく道を、いつぞや歩いた、覚えていた。

ひらっと死にたくなることがあると彼女が言った。死にたいとか死にたくないとか、それ以前に、消えたいと、そうも言っていた。ドロドロとしがみつくように生きていきたくないの、と。俺は握った手のひらの少し上、手首についた爪痕を眺めた。いとしいとかかなしいとか、思うことはたくさんあった。

子供の頃は、堕落した愛の形をホンモノだと考えていたけど、今じゃ何がなんだかわからない。ワンルームで、彼女を猫のように飼って、自由を奪うそれが、幸せなのかはわからない。だけど、他のやり方もわからないまま、大人になってしまったのだ、俺は。


ビニール袋片手にマンションの鍵をあける。家ではなくてカゴであるこの部屋に、あるものはユニットバスと冷暖房器具と彼女だけなのだけど、鍵はしっかりかけてある。

今日から街は動き出すけど、俺と彼女には関係のないこと。朝の電車がぎゅうぎゅう詰めでも、昼の電車がすっからかんでも、俺と彼女には関係のないこと。俺はいつものように、彼女にエサをやりにきたのだ。


「なまえ」


柔い光に照らされた彼女は目を伏せていた。俺をみても笑わなくなって、星をみても泣かなくなった。優しい瞳は幾分ぼんやりとしているけど、まだ奥の方に薄く、光がある。俺はそれを知っていたから、きつくきつく抱きしめて、消えないようにと願うのだ。俺を照らす光光光。


結局みんな、彼女を置いていくのだと言っていた。愛のバランスがとれる瞬間なんてないと、そうも言っていた。俺はいつでも彼女をみていて、その高いヒールの向かう先をいつもみていて、それなのに俺をみない彼女は呆れるほど魅力的だった。


「許されないことに、愛を感じるんでしょう?」


俺は君の言った言葉、一字一句たがわず覚えてんだ。蝉がなくあの道でさ、なまえは俺にそう言った。冷めない熱はないのだから、せめて鎖で繋がれたいと。許されずにそれを忘れずに生きていたいと。それだけが愛なのだと。


ねえ、だからおれ、君を許したことなんてない。


俺のものにならなかった君を、許したことなんて一度もないよ。




(14.08.09)



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