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「静雄くんがわたしのものになればいいのに」何度も何度もそうおもった。顔をあげるといつも、白いシャツがピンとはった、彼の背中の、綺麗な直線がどこまでも続くような、そんな錯覚をおぼえた。思えば、わたしは彼の後ろ姿ばかりをみていたのかもしれない。やわらかな指、色素の抜けた髪、えりあし。夕日が彼の爪に乗って、丸く光っている。なめらかで白い首筋に、触れることができたら、と、思って見つめて何時間過ごしたのだろう。ぼんやりと、そんな日々が愛おしくなった。
さっきまで私をだいていた腕は、もう向こう側で組まれていて、彼は私に背中しか見せてくれない。あんなに好きだった静雄くんが、今はすごく近くにいた。遠くて遠くてでもすごく近くにいた。最近の静雄くんは私に優しい。とても優しくてとても近い。私はなんとなく、このままではいけない気がしていた。

剪定してしまうのはきっと、オンナのいやらしい本能なんだろう。

あんなに好きだった静雄くんなのに、今じゃ昔ほど光っていない。白いベッドに隣で眠る、静雄くんの背中を指でつつく。「静雄くん、静雄くん」いつの間にか私の手にすっぽり入ってしまっていた静雄くんが、身じろぐ。「なんだよ」と笑う。なんとなく他人事のようだった。

「静雄くんはさあ、なんで私とエッチするの」

私が背中に尋ねると、静雄くんがぐるりと首を回してこちらをみた。

「は?」

「気になる」

「…わけわかんねえ」

「そんなことわざわざ聞くんじゃねえよ」そう言ってまた背中を向けてしまう静雄くんはあきらかに照れていて可愛い。可愛い、けど。

「ねえ、なんでエッチしたくなるのってばー」

「ああもう、手前バカじゃねえの」

「バカじゃない、教えて」

静雄くんはため息をついてから小さく、「俺のだからだろ」と言った。可愛い、とても可愛いのだ、なのに、なのに。『違う』んだよなあ。

もしかしたら私は私のことを気にも留めない静雄くんが好きなのであって、それもファンの一人として好きなのであって、自分のものになんてしたくなかったのかもしれない。やっぱり私はこのままじゃいけない気がした。ぼんやりとダメな気がしていた。誰かにとらわれた静雄くんなんて、あきらかに静雄くんではない。要するに、私の大好きな静雄くんは着実に、私の手によって、静雄くんでなくなっているのだ!


「ダメだよ、静雄くん」

「なに言ってんだよ、今更心配しなくていいっつってんだろ、馬鹿」


ああやっぱり、この人はこのまま静雄くんではなくなっていく。私に対して底抜けに優しくて大きくて甘ったるくていい人になっていく。あああの頃の、不安と恐れと悲しみを抱えて揺れる静雄くんとは別人だ!
たぶん、男の子の静雄くんは静雄くんのことが大好きな私を支配することで満足していて、女の子の私は人間的な静雄くんよりもっと静雄くんらしくて素晴らしい遺伝子を求めてしまう。なんて悲しい行き違いが起こるのだろう。虚構は虚構で夢は夢、ファンタジーはファンタジーのままであればよかったのに!

「やっぱり誰も幸せにならないなあ」


臨也が昔、言ってた通りだ。
それでも私は不思議そうな顔をする静雄くんをまだ愛していた。





潮時なんてとうに消えて
(14-03-21)



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