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右見ても左見ても、カップルばっかりです。冬は寒くて死にそうで、本能的にも繁殖したくなるのだそうで、人間はやっぱり動物なのだなあと思ったりします。

わたしはわたしの愛しい人を、(それが女であろうと男であろうと、)恋人だなんて呼びたくない。ただパートナーと呼びたいのです。そしてわたしは、これから会う予定である男を、パートナーとは決して呼びたくはない。あれは少し高価なアクセサリーのようなもので、わたしはただあの顔がどうしようもなく好きなのであります。

右見ても左見ても、カップルばっかりです。男と女が、どうして分かり合えるのでしょう。構造的に違うものなのだから、恋人同士の関係においては一定の距離感と客観視が一番であるのです。わかりあえるはずなんか、ない。だけど所有できる可能性なら幾分かあります。

わたしはあの男を、月に3回ほど所有します。喉から手が出るほど、あの顔が好きなのです。今日は、9日ぶりにあの男と会う。待ち合わせる恵比寿ガーデンプレイスは、右見ても左見てもカップルばっかりです。わたしは白い息を吐きながら、暖かいカフェモカを傾ける。寒くてなぜだか、涙が出そうになる。あの男は今日も遅刻のようであります。『君は常連だから、今度会う日にはサービスでなにかプレゼントでも持っていくよ』あの男の声がリバーブする。わたしはあの男が遅刻したって何も言わない。なぜなら、その日の5時間分はきっちりみっちり約束通りわたしの持ち物になるから。遅くなったってちゃんと、彼は働くのです。

カフェモカのクリームが完全に溶けて、どろどろに甘い。最後にかけたシナモンパウダーが鼻をつく。ぼんやりと時計を眺める。携帯電話が弱く震えたので、わたしはガサガサそれを取り出す。遅刻の連絡なんて、普段しないのになあと不思議になって、ざわつく。わたしは、三時間でも四時間でも、待つのに。


「もしもし、おれだけど」

久しぶりに聞く、電話越しのあの男の声は冷たい。ほっぺから凍えるように冷たいのです。


「あのね、申し訳ないけど今日はいけなくなった。前払いで振り込んでくれたお金は返すよ、心配しないで。それから、次の予約の件は明日にでも連絡する。悪いね、またよろしく」

早口で言いきられて、通話をぷつんと切られるまえに反射的に呼び止める。「待って!」

「なにさ」

「…なんでこれないの」

「ちょっと急な用事が入ってね」

「来るって、いったじゃない、プレゼントも、わたし、わたし、どんなに遅れたっていいから、あとで倍のお金を払うから、だから、ねえ、来て、来てよ」

「倍かあ。それは魅力的だけど、どうしても無理なんだ、申し訳ないねえ」

「お願い、おねがい、わたし」


泣きながら、わたしは携帯電話を落っことした。泣きながら、歯を食いしばった。遠くで、あの男がせせら笑う声が聞こえた。幻聴かもしれない、だけど、確かに聞こえた。わたしは、わたしは、なにをやってるんだろうと途方にくれる。でもどうしようもなく、寂しくて虚しくてわけがわからなかった。もう利用してなんかやるもんかと思った。でもすごく、会いたかった。

あんたの来ない恵比寿ガーデンプレイスは、右見ても左見てもカップルばっかりです。こういう裏切りをもっとナマクラで優しいものにするために、人々は誰かをそばに置く契約をするのかとわたしは悟った。そんなのクールじゃない、でもわたしだって全然、クールなんかじゃない。

今はただ、ひとり、頭から死んでしまいたい。




恋はまぼろし(13-12-15)



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