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腕に力を入れる。息を止めると、にがいような苦しさがこみ上げる。ふうっと意識が遠のいたとき、向こう側に見えたのは臨也だった。


「君はまた、何をやってるの、理解できないなあ」

「…デコポンジュース、飲んでた」

「なにその嘘」

「本当にデコポンジュースの余韻をたのしんでただけよ」

「首にそんなの巻きつけて?」


いつの間に帰ってきたのか、臨也は汚いものでもみるような目で、わたしの手にあるカーディガンを見ている。いまさら恥ずかしくなって、わたしは即座にそれを放り投げる。


「君の性癖って、つくづくおかしいよね」

「臨也こそ、腐った性格に似合わず性癖はまともよね」


臨也は突然にこりと笑って、「悪い?君より幾分、俺は常人なんだよ」と言った。性癖と性格を、混同して考えてはいけない。そこを合わせて比較してしまえば多分、世界の3分の2程度が臨也より狂っていることになるだろう。(それはあんまりにもおかしい。)でもそのくらいに臨也の性癖は、昔からごくふつうだった。悪くいえば、凡庸だった。無論、性格は人より頭ふたつ分とびぬけて、最悪だ。
だけれどかく言うわたしとて、ひとよりすこし、首を圧迫されることに執着しているだけなので、わたしたちは、まだまだ序の口なのだとおもう。


「まあ、そんな変態に付き合わされる俺の身にもなってよ」

「付き合ってなんて頼んでない」

「なにを言ってるの、首締めないと、いけないくせに」


臨也が至極たのしそうにわたしの放ったカーディガンをいじっているので、わたしは反論するのを諦めた。


「ねえ、もう一回やってよ」

「は?」

「俺の前で、これつかって、さっきの続き」


カーディガンが投げ渡される。呆れた。こんなにデリカシーのない、というか常識のない人間がいていいものか。


「いやよ、ありえない」

「なんでさ。リビングでどうどうとやってたんだし、見られたって支障ないんでしょ?」


今日は夜まで帰ってこないといったんだから、昼間の時間にわたしがなにをしてたって、文句はつけないでいて欲しい。ましてや乙女の一人のちょめちょめを、見てしまったなんて暁には、照れつつさらりと受け流すようなそんな紳士でいて欲しい。というかなにより、帰ったならインターホンくらい鳴らして。ただいまくらい言って。


「…もうやだ臨也、人間じゃない」

「ははっ、いいじゃない、少しくらい鑑賞させてくれても」

「ばかじゃないの」

「ばかでもいいから、早く見せてよ」

「やるわけないでしょう」


このままでは嫌な気分になりそうなので、散歩にでも行こうとわたしが立ち上がると、臨也に腕をつかまれた。レースのカーテンから白い光がさしている。玄関のドアが手招きしている。その頃にはもう、わたしの脳みそはリヨンのショートケーキでいっぱいだった。さっきまでドロドロとしたものを抱えて息を切らしていたけれど、いまはなにより甘い生クリームに癒されたい。女心と秋の空とはまさにこのことなのかしら。


「そんなに俺にやって欲しいの?」

「それよりわたし、ケーキを買いに行きたい」

「しょうがないなあ、やってあげよう」


臨也の聴覚はたまに、機能しなくなる。わたしはそのたび、よくできた耳をお持ちだと感心する。臨也は、ふふと不気味に微笑みながら、細い指をわたしの首に回した。ぞわっと背筋が寒くなる。ひっぱられた反動で、ぶつかるようなキスをして、肩や腰を撫でられる。なだめるように床に座らされる。押し倒されて、寝かされて、臨也の足がわたしを跨ぐ。ああ、はじまってしまったこれは、儀式なのだ、神聖なる、神聖なる。だけれどわたしの頭にはまだ、ショートケーキが消えてくれない。いまは、両方欲しくなっている。これだから臨也はすごい。


「いざや」

「うん」


臨也はさっきよりも優しく微笑んで、ちいさく、指の力を強める。


「いざや、いざや」

「はいはい、ゆっくりね」


自分でやるのとは違って、気管がどんどん狭まるように感じる。肺の中の空気が薄れていく。呼吸が荒くなってきて、だんだんに、それですら空気を取り込まなくなる。まだ、苦しいというよりも、空気が薄いという感じ。焦燥感でひりひりする。臨也の親指が、柔らかいところをゆっくり押すから、すこしえずく。


「きもちいい?」


野暮なことをぬけぬけと尋ねる、臨也の顔がぼやけてきた。ぐっと息が詰まって、苦しくなる。耳に届く呼吸音がさらに大きくなって、頭が真っ白になる。真っ白、ああ、ショートケーキが食べたい。論理立ったことをなにも考えられないわたしの頭には、臨也の目とショートケーキ。熟した苺と、臨也の瞳の色は似ている。そう思うと興奮する。きもちがいい。ぎりぎり、意識が途切れそうになると、指の力が緩められる。いつもそうだ。ここちがいい。だけれどすぐに、交代で臨也の舌がくちのなかに入ってきて、ついにわたしの意識は遠のく。





目が覚めると、身体がおもい。さいきんはいつもそうなので、歳かなとも思ったけれど、たぶん違う。なぜならわたしはこのように毎回、何者かによってショーツを脱がされているからだ。ぬるぬるとした、随所がとっても気持ち悪い。ああまだやっぱり、わたしはショートケーキが食べたい。


「ねえ、臨也、わたしが気絶したあと、どうしてるの?」


わたしはミネラルウォーターの瓶で遊んでいる臨也に声をかけた。時計はもう、12のところを指さんとしているけれど、それが夜なのか昼なのか、わたしには検討もつかなかった。


「どうしてると思う?」

「……嫌な予感しかしないから、聞いたのよ」

「あはは、ご名答。さいきんは君、意識がないときの方が扇情的だからね」


ああ、やっぱり。臨也の性癖はバカみたいにまともだと、わたしはそう言ったけど、あれは嘘になってしまったようだ。


「なんだか、わたしたち、おわりね」

「大丈夫、心配しないでよ、おかしなものを突っ込んだりとか、してないからさ、今のところ」




フェティシズム(13-07-06)



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