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ガラスはうっすらと曇っていたけれど、かろうじて外の景色がみえた。鳥なら三羽横切って行ったし、空の色なら灰色だった。

ぼんやりと、ぼんやりとみていた。

彼は当たり前のように部屋に入ってきて、当たり前のようにわたしの足元にしゃがんだ。ああ昔のようだわ、と悲しくなった。名前をいちど、呼んでみせようかしら思ったけれど、声がうまくでてこなかった。『ザクス、ザクス』何度やっても、かわいた息の漏れるだけだった。彼は当たり前のようにわたしの靴を脱がせて、当たり前のようにソックスに指をかける。ボウルの中の水が揺れて、彼の細い指が、わたしの片足を誘導する。水の温度は、あの頃よりも少し冷たい。ピチャリポチャリ。するりするりとすべっては、鳥肌がたった。三度ほど往復して、わたしの片足は水からあげられる。彼の膝に置かれた分厚いリネンガーゼの上にのせられて、丁寧に拭きあげられる。


「ああ、やっぱり美しいナァ」


彼は小さくそう言って、わたしの足の裏に鼻先をくっつけるのだ。かすかに、吐息があたってくすぐったい。ちゆ、と音をたてて唇をつけられる。そのまま指の下を甘噛みされて、身体がふるえた。ちゆちゆと、触れながら綺麗に舐められて、外にはまた鳥が飛んだ。


ザークシーズの呼吸がすこし荒くなって、わたしは手のひらで顔を覆った。あまりにも恥ずかしかったからではなくて、ただ声を殺して泣いていることを、彼に気づかれたくはなかったのだ。


「お嬢サマ」


目を伏せたままにつぶやく、彼の頭のカタチはいまも、昔とおなじに綺麗なままだ。




水面ゆらして昔日をみる(13-07-01)



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