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わたしは神様に恋をしている。
恐れ多いことだと、恥知らずだと笑うだろうか。あなたは、きっと笑わないだろうな。いっそ笑い飛ばしてくれたらいいのに。そうすればこの花は、咲かずにこっそり枯れ果てるのに。あなたはきっとやけに真剣な顔をして、そのあとあいまいに微笑んで、否定なんか絶対にしないで、はぐらかすんだろうな。だから言わないのだ。言わなくたってばればれな、わたしのこの想いを、口にしたりしない。口に出したら負け、だなんて子供じみた考えをまだ、してる。”好き”だなんて言わない。”愛してる”だなんてもってのほか!

制服のスカートのすそを揺らしていたティーンエイジ。
この恋心が自分が思っているよりもずっと欲深くて、醜いことを知った。知ってしまった。それからずっと、がまんしている。なにもかも、がまんしている。まだ少女だったあの日、少女から女になって分別を知ることができると思ったのに、反対にもっともっと好きになってしまった日。そして、ひかえめに交わした盃に口を付けて、お酒の味を知ったら大人になれるのだと、信じた日。もうすっかり大人になった今日でさえ、あなたはいつも同じ顔をしている。歳をとらずに、老けたり、疲れたり、若返ったり、どれもしていない。蜂蜜色のひとみにはいつもここではないどこかの光がうつりこんでいる。折り重なる歴史。それを背負ってきているせいで、わたしなんかにはわからない、ぜんぜんとおい、どこかの真実を、どこかの暗闇を、いつも自分の中にため込んだままで、あなたは。あなたからしたら、わたしの恋心なんか、幾千もある屑みたいな星のひとつ。ううん、それどころか、もっともっとどうだっていい、しらないうちにそばにあって、消えていく数々のとりとめのないものの、ひとつ。

わたしだってわかっている。
こんなふうに恋をしたって、結ばれるはずがないと。半分大人なわたしはわかっている。それがあの、純粋だった少女の時との違いである。あのときは、ただ、どきまぎした事情だけで云えなかった。でも今は、もっと硬くて苦しい想いのせいで、口にはできない。
だってわたしはただの人間で、あなたは誰の目にもあきらか、顕現したときから神様だった。役目も、寿命も、命の質もまったくちがう。構成するすべてが違う。こんな恋は不毛だ。はなから難しい、叶うはずのない恋。そして、叶ったところで幸せになんかなれない恋。こんな想いをおしつけることは、愛しい人すらも傷つけるだろう。こんな汚らわしい感情に巻き込んで、堕として、苦しめてしまうなんて、神様を侮辱するような重罪だ。わたしだって、わかってるんだ。


「主、また溜め息?」

脳内で何千回も繰り返した問答をリプレイして、深めの呼吸を何度か肺まで吸って吐いてしていると、隣でみかんを剥いていたはずの初期刀、清光にげんなりした顔で見下ろされる。

「安定〜、主がまた恋煩いで使い物にならなくなってる」

「主は万年重傷でしょ。仕方ないよ」

「んー、まあねえ」

「でもほんと主もよくやるよね。俺にしとけばいいのにさあ」この昔なじみともいうべき親しみやすい神様はへらへら笑いながら冗談っぽく言う。

「たしかに。なんで鶴丸国永なの」

もうひとりの、おなじく親しい神様は、いぶかしんだような顔でわたしを見ている。
「ほんとうにね、自分でも悲しいくらいにわからない…」そう言いかけたところで、スパンと小気味いい音が、背後で鳴り響く。


「おいきみ、今日が締め日の報告書、まだ提出してないって言ってたよな」

がらりとわたしの背後の障子戸を開けて、話題の、初恋の神様はわたしを見下ろした。


「……どうして鶴丸がしってるの、長谷部は?長谷部に頼んだのに」

「長谷部?しらん」

「きみがおれに、忘れないで、覚えていて、と言ったんだろう」その神様は、わたしの手首をするりととって、「…ほらいくぞ、早く済ませてくれよ。おれだってひまじゃないんだぜ」と笑う。
「あーあ」とか「へ〜…」とかへんな、冷やかしみたいな声が、向かいから聞こえてくる。赤の神様はにやにやしながら、青の神様はまるで苦虫をかみつぶしたような顔で、わたしたちを見ている。
鶴丸は、鶴丸だけは、ぜんぜん知らんぷりで、わたしを見てる。

「わすれないで、おぼえていて」わたしは確かにそう言った。
そう言ったけど、それはさ、
今回の報告書のことなんかじゃ、なくて。

・・・

「ねえ鶴丸、わたしが少女でいるあいだも。背が伸びて、大人になって、もしかしたら今より少し美しくなったりして、とにかくそういうたくさんの年月を…どうか」

「わすれないで、おぼえていて」と。そう言ったのだ。
じっと蜂蜜色の瞳を見据えて、震える声で、言ったのだ。

確かその時もこの憎い神様は

「おれだってなあ、ひまじゃないんだぜ」

そう言って、突っぱねた。
目を閉じて、やけに真剣な顔をして、それからすこしだけ笑った。否定も肯定もしないで、あいまいな顔をして。
だけどわたしから背を向けたあと、鶴丸は小さい小さい声で「きみ、なるべく長く、かわいい子供のままでいてくれよ」と呟いた。気がしたのだ。
わたしにはその言葉の意味が分からなくて、意図がぜんぜんわからなくて、だけどなんだか甘やかで、制服のスカートのすそをぎゅっとつかんだ。もうすべてをやめてしまいたいと、思った。

それからだ。
この恋心が、自分が思っているよりもずっと、欲深くて、醜いことに気づいたのは。

・・・

「…鶴丸、わたし、ぜんぜん報われなくても、それでもいいよ」

恋は叶ったら終わってしまう。
愛は実ったら別モノになってしまうから、わたしたちはぜんぜん、報われなくていいよ。いいよね。
ふいにあの日を思い出して、涙がこみあげてきて、う、と声をつまらせた。

「ああもう、きみは泣き虫だなあ」

「わかってるさ、わかってる」そう言って鶴丸が笑いながらわたしの頭に触れる。
そうだ。あの時もわたしは泣いた、意味が分からなくて、どうしようもなくて、でも好きで。わたしはしんしんとただ、泣いたのだ。


数秒遅れで、向かいの二振りの神様がわあわあと騒いで、「ちょっと何泣かしてんの!」なんて言いながら、わたしの泣き顔にちり紙やタオルを押し付けてくれる。彼らは鶴丸をなんやかんやと責めるけれど、やっぱりしらんぷり。ふわふわと微笑んだまま、わたしを見つめているだけだ。

やがて騒ぎを聞きつけて、短刀やら脇差やらが何振りかやってくる。
一番うるさいのは、きっと長谷部。

わたしは涙をいっぱいにためて、

「大丈夫、しあわせだから、大丈夫」

とみんなに笑って見せるのだった。ああ情けない。

報われなくても全然いいよ。哀しくないよ。涙は出るけどつらくない。
だって、わたし幸せだから。
ぜんぜん、ほんとにぜんぜん、大丈夫。


愛ってさ、つまりそういうことでしょう?


(21.12.24)



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