四小ではずっと、
ドラケンがイチバンだった。
ドラケンは身体も心も強くてカッコいい男だった。
そんなドラケンと幼馴染みとして仲良しでいられることは、わたしにとっての誇りだ。ドラケンは強くてカッコいいから、だからこそものすごく優しくて、わたしが普通の弱っちい女の子だって区別したりせず、仲良くしてくれた。
ある日、ドラケンにいきなり、
知らない男の子を紹介された。
「マイキー、こいつがなまえ」
「喧嘩もしねーし不良でもねーが、なんだかんだでつるんできた幼馴染みだから、一応ツラ通しとこうと思ってさ」ドラケンと下校途中にたまにお話してた、いつもの空き地の真ん中で、ドラケンと、わたしと、それからその男の子。三角形になって向かい合った。
「んで、こいつが七小のマイキー」
「なまえ、マイキーはすっげー強ェんだぜ!」ドラケンが太陽みたいにニカッと笑って、あんまりうれしそうにするものだから、わたしは戸惑いをかくすように努めた。
もともと男子が特別得意ってわけじゃない。住んでいるところが近所だったドラケンは、昔から強くて優しくて大人だったからこそ、たのしくお話しできただけだ。わたしはドラケンといっしょにいると安心するし、幸せな気持ちになる。お兄ちゃんみたい。だから好きだったけど、目の前の男の子はわたしとほとんど背丈も変わらない、華奢な風貌だった。
こんな子が、ほんとに強いのかなあ。
でも、ドラケンが嘘なんかつくわけないし、ドラケンのお友達なら、頑張って仲良くしなくちゃ。
「あの、はじめまして…マイキーくん?」
眠たげにまぶたをゆるめたまま、こちらをジーッと見てくる彼に、おずおずと手のひらをを差し出す。
「佐野万次郎」
「へ?」
サノマンジロー?無感情につぶやかれたそれがどうやら人の名前であると気づくまでに数秒かかった。サノマンジロー、佐野マンジロー。
わたしが理解に時間を要している間に、佐野マンジローはわたしからふいと身体をそらして、欠伸しながらドラケンのほうを向いた。「ねえ、ケンチン」
「なんかおれ、こいつにマイキーって呼ばれんのヤダ」
「はあ?」
「珍しーな、なんか気に入んなかったかぁ?」こちらをちらりとも見なくなった佐野マンジローにドラケンは心底びっくりしたような顔で尋ねる。他意はない、本当に驚いてるみたい。わたしだって驚いた。十年ちょっと生きてきて、初対面でこんなあからさまに無下されたことはなかった。ついつい茫然としてしまったけど、ドラケンが困っているのを見てハッと我に返る。
「あ、ごめん。じゃあ、えっと、佐野くん…」
「で、いいかな?」わたしが助け舟を出すように佐野マンジローのほうを向きなおると、佐野マンジローは「うーん」とわざとらしくしばらく考え込むようなふりをしてから、
「ま、いいか。許す。」
と言った。
なんだこいつ!めちゃくちゃ偉そう!心からそう思ってつい突っ込みそうになったけど、せっかくうまくいきそうになったこの空気を再度ぶち壊してはいけない。わたしは頬をひきつらせて笑いながら、あらためて「よろしくね」と挨拶した。
・・・
なんとか佐野くんに受け入れられたらしいわたしは、一週間に一回くらいのペースで、彼らとの時間を過ごすようになった。それまでドラケンともそのくらいの頻度でゆっくりお話していたものだから、ドラケンと二人きりだったその時間に、佐野くんが割り込んできた、という感じ。
なんだか調子狂うなあ、と思ったけど、本気で嫌われていたらわたしと会ったりもしないと思うので、嫌われてないだけマシか。と前向きに考えるようにした。
二人の話(年上の男の子たちとの喧嘩のこととか、今日の給食は何回おかわりしたとか、このあいだ手に入れた単車のパーツがどうとか、そういうの)を、わたしが聞いていることが多い。二人の話は面白い。聞いててわくわくする。だから退屈はしない。だけど、わたしがいていいのかな、邪魔じゃないかな、という気持ちになることもあった。そんな時、すごいのがドラケンだ。ドラケンはわたしの戸惑いや不安をいち早く察してくれて、すぐに仲間に入れてくれる。近所の猫の話とか、おいしかったお菓子の話とか、四小の同級生の話とか、わたしにもわかる話をして盛り上がる。
今日もそんなふうに三人で、時に佐野くんを置いて二人で盛り上がって、思わず笑顔がとまらなくなる。ドラケンと話しているのはたのしい。なんだか、わたしまで強くなったような気分になるのだ。しあわせで、満たされる。それから、やっぱりわくわくする。
時間を忘れてへらへら笑っていると、ドラケンが思い出したようにふと「ちょっと便所行ってくるわ」と宣言して、突然この場を離れてしまう。
あ、待って。ドラケン待って。
いま、隣町の犬が追いかけてきたって話をしてて、えーっと、
「おまえさ、」
二人きりになった途端に、佐野くんの声。
いつもより冷たくて平坦な声がこちらに向いている。佐野くんは、ちょっとこわい。見た目はドラケンの方がずっと強面なのに、佐野くんのほうが、わたしにとってはなんだかちょっとだけこわいのだ。
一気に静まり返った空気の中「は、はい」と緊張気味に答える。目は合わせられない。佐野くんはすくっと立ち上がる。わたしは、ベンチに座ったまま、自分の膝小僧を見つめた。
「ケンチンとどういう関係?」
なにそれ!意外過ぎる質問だ。意味がわかんない。
やっぱり佐野くんは、わけわかんない。
「どういうって…」
「ただ、ちょっと仲のいい、ちょっと家が近所な、同級生、です」わたしはしどろもどろ、説明しようと努める。佐野くんのまるで値踏みするような視線が痛い。
「ふうん」
「ほんとだよ、ほんと…」
わたしは悪いことなんかひとつもしてないのに、なぜか後ろめたい気分になって、言い訳するみたいに言葉を重ねる。「そうなんだ」佐野くんの気の抜けた、それなのに妙に威圧感のある声色。「じゃあさ、」続く声。ひぃ、まだ何か?
わたしは身体を縮こませて言葉を待つ。
「おれのこと、今日から”佐野くん”じゃなくて、”万次郎”ってよべ」
「へ?」
降ってきた言葉にまた意表を突かれて、思わず顔をあげる。
佐野くんは、微動だにせずこっちをじーっとみてる。真面目な顔で、見つめてくる。きれいな形のくちびるが、ゆっくり動く。
「できないの?」
当然のようにそう問われて、反射的に声が出る。
「い、いえ、できます」
「じゃあ練習。どうぞ」
「ま、まんじろうくん」
「くん、じゃなくて」
「まんじろう…」
「そう。もう一回」
「万次郎」
「ウン」
「いいね、やっぱりそれがいいよ」納得したように頷いた万次郎は、はじめてわたしに笑いかけて、満足げにそう言った。うわ、すごい、きれいな笑顔。男の子っぽくて爽やかなドラケンの笑顔も大好きだけど、佐野くんのは、なんていうか、心がむずむずするような表情だ。これは大事なものなんだって、強く想わせられるような、そんな。
うーん、やっぱり佐野くんは…じゃなくて万次郎は、わけわかんない。だけど、不思議と嫌じゃないのだ。初めてあった時から、変なこと言われた時だって、不思議とぜんぜん嫌じゃない。わたしは、むしろ佐野くんに、万次郎に、すごく興味を持っている。開けちゃいけないと言われた箱を開けたくなるような、そんな、ぞくぞくする気持ち。
ほら、今だって。ドラケンと話してるときとは違う胸のドキドキにわたしはものすごく混乱してる。うれしいけど、苦しい。
…ああドラケン、早く帰ってきて!
願いまくっていたら靴音がする。
「お、なんだ、お前ら仲良くなった?」
「あ、ケンチン。今ちょうど、いいトコだったのに」
「なんだソレ」
二人の軽口の応酬を聞きながら、わたしは深く深く息をついて、ドラケンに助けを求めるように視線を投げかけた。ドラケンは不思議そうな顔で、
「お前ら、なんだかんだうまく行きそうだよな」
だなんて、あっけらかんと言ったのだった。
万次郎があははと笑って、「おれもそう思う!さすがケンチン」と返した。
わたしもめちゃくちゃに戸惑いながら、つられてぎこちなく笑う。こんなにどぎまぎしてるのに、不思議だ。気のせいかもしれないけど、どうしてなのかわからないけど、なぜだかわたしも、そのうち万次郎とうまくやれそうな、そんな気がしたのだ。
だって、万次郎のきらきら光る笑顔が目の奥に焼き付いて離れない。あのきれいな笑顔をもっともっとみたいって、そう思うのは、きっといいことなんでしょう?
万次郎に目配せすると、彼はすっと目を細めて「仲良くしよーな」と小さく笑った。
佐野くんとわたし
(21.06.05)