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「君がおれの半身であることにもう異論はないよ」

折原臨也はそういった。
まるで彼らしくない発言だと思う。


・・・


「ねえ、臨也ってわたしのどこがすきなの」

「べつに、どこも。きみに特質的すべき点はないからね」

「嘘だあ」

「本当だって。”人間”の一部として愛せないからしょうがなく個人的に愛してやってるだけだよ」

「おれが人間を愛さないなんて許されざることだ」こっちをちらりとも見ずに臨也はさっきわたしがマグカップにいれてやった紅茶を飲む。視線はずっと液晶を追っているし、マグカップを置いたかと思うと、すぐにせわしなくキーを打ち始める。
かたかたかたと響く音。臨也は好きでやっているからいいけれど、ふつうにワーカホリックだよなあと思う。進んでいないとどうも嫌なんだと思う。もちろん他人に使役されたり、おもしろくない仕事をこなすのはごめんなのだろうけれど、こうして自分の好奇心に向かって休みなく動いているのだって、大意でいえば立派な”仕事”だ。ものを作るのも、なにかを研究するのも、もちろん労働するのも、ゲームのタスクをクリアするのも、芸術するのだって、人間的な意味での”仕事”。ある報酬に向かって、一見関連性の薄いように見えることをもこつこつ進めていく”仕事”。だって牛やウサギは働かないでしょ?食べたり遊んだり水を飲んだりはするけれど、それ以外にすることがないときはだいたい寝てるよ。ねえそう考えると人間は仕事が好きだよね。臨也も仕事が大好きだよね。わたしは嫌い。仕事をするのがとてもきらい。

あけ放った窓から、ゆるやかに午後の風が吹く。


「ねえ臨也、わたしってすごく性格がいいよね」

「いきなり何?」

「そのままの意味よ、答えて。性格、いいよね?優しいし」

「はあ、まあ。たしかに凡庸なぶん悪意ってものはあんまり持ってないよね」

「あはは、だよね。でも、臨也はすごーく性格が悪い」

「…ねえ、前言撤回って可能?」

「真実を言ったまでだよ!」

「そういう問題じゃない。現に今あったでしょ、悪意が」

「ないない、本当の気持ち。でも、大好きだよ」

わたしが笑うと臨也は「ああ、そう。」とだけ言って、呆れたような顔をして黙った。これ以上かまっても無駄だなって顔。ここまでのやりとりのなかで一秒も画面から目を離さなかったくせに、そんなあからさまに呆れたりしないでよ。どうせ片手間で話しているくせに。
液晶に向かっている臨也の横顔をみる。すっと通っている鼻筋や、顎のラインがとてもきれいで、見飽きないな。ほんのすこし気だるそうに、でも決して緩められない瞳。首元からちらりと見える鎖骨。わたしはそれを、まるで毎日の習慣のように目で追っていた。

臨也は、進んでいないと嫌なんだと思う。自分が進んでいるという感覚。なにかをして、そのなにかが世界に作用しているという感覚。そしてそれによって自分の欲求が満たされていく快感。そういうのをひたすら求めるのが好きなんだろう。そう思えば、臨也は本当に貪欲で、さみしがり屋で、エネルギッシュだ。欲しがっても欲しがってもなかなか満たされない。それを原動力に進んでいく。
わたしはすぐに疲れてしまうから、なににも作用せずぼーっと静かにしているのが好き。生きているだけで疲れてしまうから。世界から干渉されず、こちらからも干渉せず、シェルターのような場所でまるまっているのがとても好き。
だから、臨也のとなりはとても落ち着く。こうして隠れていると、わたしたちに向かうすべての効果は臨也が回収するし、楽しそうに投げ返す。わたしが気づくよりずっと早く察知して、気づいたころにはすべてが終わっている。臨也のとなりはシェルターみたい。一枚壁を挟んだ向こうには、騒がしくて速くて忙しい世界が広がっているけれど、ここだけ、臨也のせいでしんと静まり返っている。周りのものを片っ端から整理して切り捨てて投げ返して、すでに取捨選択を終わらせてあるのだ。ここにあるものはすべて、臨也が一度手を触れているものだけ。だから、臨也のとなりは、安心安全。無菌室のように、防音室のように、違和感を感じるくらいに、ここはやさしくて心地よい。


「わたしたちって正反対だよね」

「そうかもね」

ふと呟いた言葉に、臨也があっさり同意するから、なんだか拍子抜けしてしまう。
いつもみたいに怪訝そうな顔で切れ味のいい一言を投げつけてくるのかと思ったら、しれっと頷いて、しかもそれ以上何も言わなかった。臨也は話を終わらせるためにめんどくさがって自分の思想にそぐわないことで肯じたりはしないタイプなので、たぶんすこしは本当にそう思っているんだろう。この人に関しては、言葉が少ないときの方が圧倒的に信頼できる。そういうところがある。やっぱり変な人。

「まあ、ぴったり似ている人間といる方が心地いいって人もそりゃ多いと思うけど、おれは個人として完成されすぎてるからね。いくら完璧だからっておれが2人いるなんて絶対にありえないし、そもそも不要だよ。そう思わない?おれみたいなのは1人でじゅうぶん。何人もいたら、さすがに世界も食傷気味になるでしょ。」

なるほど、とわたしは思わず納得する。
臨也が2人なんて、複数人だなんて、考えられない。なんとなく考えたくもない。それを自分でわかっているなんてすごい。臨也はなんでも、何事でも、わたしより先にわかってる。

「だから、君がおれの半身であることにもう異論はないよ」

「ここまできて今さら抗うことでもないしね」と事も無げに伝える臨也の表情は、ずっと昔よりも落ち着いていた。波紋のない、秋の湖面みたいだった。わたしの心も、昔よりずっと落ち着いていて、わたしたちはやっとここまで来て、なんとなくゆったりと歩調をゆるめ始めたのだろうな、と悟った。

臨也はわたしといて何がいいんだろう。
わたしにはよくわからないところできっと臨也にもメリットがあるのだろうけれど。わたしが隣にいると、臨也はなにがいいんだろう。1人で完成しているといっていたから、なにが足らないのかわからない。

「臨也はわたしのどこがすき?性格がいいところ?仕事が嫌いなところ?それとも静かに動かずいるのが好きなところ?」

「うるさいなあ、黙って」

「教えてよ、お願い」

「べつにどこでもないってば」

ずいずいと詰め寄ったら、やっとキーボードから左手を離して、わたしを制止するように手のひらをひらいた。わたしは気にせず距離を詰めて、臨也のひらいた手をぎゅっと握る。

「言って」

「はぁ、めんどくさ」

「言えば解放する」

「…しいていえば理由がないところだよ」

「は?」

「理由がないのに興味がわいて、理由がないのに近くにいても不快じゃないところ。つまんないくせに飽きないところ。以上。はい離して」


しゅっとわたしの手を振り払って、臨也はまたデバイスに向かう。元通り。あっけにとられたわたしだけ、午後の光の中にとりのこされる。


「…臨也!わたしもとにかくすき!」

「ああそう、よかったね。邪魔しないでよ頼むから。今大事なところなんだ」



『君のとなりは安心安全』


あなたの隣は、心地いい。
誰がなんと言おうと、わたしにとって心地いい。
あなたにとってもそうだといいのに。
ずっときっと、そう思う。


(21.02.12.)



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