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今代の主はやけに小さくてかわいらしかった。

女の子たちの中でとりわけ小さくてかわいらしいのかというと、別にそういうわけではないかもしれない。けれど、僕にとっては同じこと。今までの人間に比べたら何倍もかよわくてやわくて小さい。主はやけに小さくてかわいらしい。

今代の主のもとで、僕はなぜだか刀ではなくてヒトのかたちをしていた。
理由はよくわからない。誰かがなにかくどくどと、説明していた気がしないでもないけど、そんなのって本質的じゃあないよね。わからないものはわからないよ。千年も刀をやってれば、無駄話というのはすぐに見抜けるものだから、僕はそのとほうもなく長い説明を、たいして聞いてやいないしね。


僕の主は変わり者なのだと思う。

いや、どうなんだろう、女の子はみんなそうなのかな?
表情が、ころころかわる。
泣いたり、怒ったり、笑ったり、真剣な顔をしてみたり。
女の子のかおは、男たちのそれとは違ってかわいらしい。小鳥のようで、鈴のようで、春の日差しのみたいだ。僕は、それを、この子のようすではじめて知った。なにせ、ずっと男にばかり振るわれてきた刀だよ?女の子に、触れられたり、手入れをされたり、同じ部屋で過ごしたり、そんなの滅多に経験したことなんかなかったんだ。


僕の主はみんなの主だ。

今までの主人の中でも、所持している刀の数は多いほうだろう。職業柄しかたないのかな?今代の主は武士ってわけでもないしね。
さっきまで短刀たちと遊んでいたかと思えば、そのあとは大柄の刀たちになにやらちょっかいを出されていたし、そうかと思えば、初期刀とうんうん言いながら戦積をながめていたりする。(実は僕以外の刀もみんなそれぞれヒトのかたちをしているんだ。みんなそれぞれ、その理由を知ってるのかな?僕もあえて尋ねたりはしないのだけど。)


それで、いまは、僕の主は、僕のとなりにいる。
どうやらすやすやと、昼寝をしている。

僕が近侍だからといって、気を抜きすぎじゃあないかな。
それはもちろん、悪いことじゃないよ。むしろきっと、いいことなんだけどね。
すう、すう、と規則的な呼吸。身体がゆれて、風が吹くたび甘いにおいがする。これはもしかしたら都合のいい、僕の錯覚かもしれないけれど、だけどこの男所帯では、彼女の匂いがよく目立つのだ。だまっているだけで、主が女の子であることは、みんなみんな、意識しているんだと思う。
だからかな、主は年相応の女の子らしく振舞うのを、我慢しているように思う。短刀と遊んでいるときはつとめてめんどうみよく、大柄の刀にちょっかいをだされたときは大人っぽく楽しそうにはにかんで、初期刀と悩んでいるときは彼を安心させるようにおおらかに、振舞っている。

なのに僕の隣では、なんてかわいいかおをして寝ているんだろ。
君はどうしてあたたかくてやわくて、なまぐさいんだろう。
どうしてだろう、女の子はみんなそうなのかい?
生命のにおいがする。
春の息吹のような、血潮のような、海のような、火のような、きみは。


「髭切…?」

気づいたら主のうえに覆いかぶさっていて、至近距離でその肌をみつめていた。観察していた。
あっ、と気づいて数センチ離れる。

「きみ。ふれて、いいかい?」

いまさら、そんなことを尋ねてしまう。ふいに。自然に。なんだか自分でも拍子抜けする。衝動的に行動してしまうなんて、あんまりにも僕らしくない。あとにもさきにもこれきりだろう。そんなふうに思っていると主が不思議そうにくちをひらく。

「どうして」

きみの匂いにあてられて、僕の血液がさかだつからだよ。
なんて、そんなことは言えないな。

「どうしてって…君が、僕たちみんなのお母さんになろうと頑張りすぎているから、かなぁ」

「へ?」彼女はすっとんきょうな声を出す。
僕だって思ってもみなかった言葉がすらすら自分の口からでてきてびっくりしてるんだ。ヒトの身体に慣れていないせいかなあ?だからどうか、きみはそんなに驚かないでいてよ。

「きみは、僕のお母さんなんかじゃないよ」

「そう、ね、そう、ごめんなさい」

「八幡大菩薩もそう言ってる」

「え?ふふ、八幡大菩薩も?」

僕が神妙な顔をすると、君は緊張を解いてふわりと笑う。
その笑顔をみると僕はむねが苦しくなる、だけどそれがなんだかうれしいんだよね。「きみはね、」

「きみはかわいい女の子、僕のはじめての女の子だよ、わかったかい?」


僕は君の返答も待たず、目だけで合図をすると、ゆっくりと額を合わせる。
目と目が近い、鼻だって、重なり合いそうに触れている。

ああ僕はきっと、君にこうして触れるためにヒトのかたちをしている。
千年も刀として頑張ってきたごほうびかな。


僕がこうしてヒトのかたちをしている理由について。
誰かがなにかくどくどと、もっともらしい説明していた気がしないでもないけど、そんなの本質的じゃあないよね。僕は、僕だけに関して言えば、こうして君のことを感じるために、ヒトのかたちをしているんだから。そうに違いないんだから。


さあ君の手で、千年分のごほうびをちょうだい。
赤い顔をしていないでさ。
ねえおねがいだよ僕だけの女の子。


(21.01.10)



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