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恋愛をしていて、気づいたことがある。
人間にはおのおのの、”愛のキャパシティ”が存在する。
そして、こちらの愛が相手のキャパシティを越えてしまうと、いともたやすくエラーが起きる。愛せども愛せどもすべて空振り、なぜかうまく愛せていない…という最悪の状況に陥る。酷い時には、ひとりでに増大した愛が相手を呑み込み、息の根をとめてしまうこともある。蛇のように、まるのみにして溶かしてしまう。
とういうのも、わたしの愛の量というのはひとより異常に多いらしく、その濁流のようなエネルギーが(すなわち自分の愛が)、好きなひとを粉々に押しつぶしてしまうことがある。

そのせいで、わたしは何度も最悪な失恋をした。

腐れ縁の男は、なぜかそのたび計ったように現れて(しかし傍観者の姿勢は決して崩さずに)「さながら愛の撲殺ってとこ?悪意がないぶん厄介な人間兵器だよねぇ」などと わざとらしくニヤニヤしながらわたしに酒を奢ってくれた。わたしのことをお気に入りのおもちゃだとでも思っているのだろうか。
意地悪く、愉快そうに。笑っていた。
ただそれだけだった。はずなのに。


西新宿の裏路地、薄暗いバーのスツール。
例のごとく手ひどい失恋をし、自分で自分を消してしまいたいくらいに落ち込んでいたら臨也になかば強引に拉致された。おとなしくついていき、馴染みの狭い店で何杯かお酒をいただく。あいにく食欲はないので、せめてなにか胃にいれようとピスタチオとオリーブをひっきりなしにつまんでいた。


それはちょうど、マティーニのアルコールが頭まで回って、
眩暈がしてきたころだった。

「ねえ、もう潮時なんじゃない、白旗をあげなよ」

「何の話?」

「…驚いたな、ここまできてまだしらばっくれるわけ?恐いもの知らずにも程があるでしょ」


臨也は苛立ったようなセリフとはうらはらに上機嫌で、乾いた笑いを浮かべていた。怒っているのか褒めているのか、励ましてくれているのかすらよくわからない。臨也の物言いはいつもいつも必要以上にまどろっこしい。わたしは考えるのをやめた。
酔いでふらつく身体を支えるために、体勢を前傾にしてバランスをとる。テーブルに肘をつくのはみっともないけど、酔っ払いにはマナーなどあってないようなものだ。
そんなわたしと対照的に、臨也は涼しい顔をしてギムレットの入ったグラスを傾けていた。

臨也とわたしのあいだはいつも、ほどよく距離が開いている。仲良く並んで飲んでいるように見えるし、客観的にも不自然ではないけれど、絶対に触れあうことのない距離。
神経質な臨也らしく常に一定にたもたれた、寂しくてヘルシーで、潔く均質な距離。

傾けられたグラスが視界にちらつく。ひとのことを言えたものではないけど、今日は珍しくペースが早いな。飲みくだすたびに上下する、白いのどぼとけが艶っぽくていやに気になった。

臨也は、ギムレットがとてもよく似合う。
すきとおった透明さが美しく口当たりは甘い。だけどゆっくり味わうとえぐいくらいの青臭さと苦みがあって、それなのにかろやかな印象。鼻孔に抜ける爽やかな香りはひたすら人工的で。ギムレットを飲む臨也のことがとても好きだ、と思う。ちょうどいい組み合わせ。ずるいくらいにきれいだ。

ぼーっと見つめていると浮遊するような酔いとひどい傷心のせいか、いつもふさいでいる蓋がふわりと外れてしまいそうになる。自制心と理性を全力でひっぱりだして、がりっとオリーブの種を噛む。苦くてまずい。ああつらい。

そのあとも臨也はギムレットを舐めながらぺらぺらと何か喋っていたけど、とにかく終始機嫌がよかった。顔見知りのマスターや常連客に話しかけられても微笑んで返すほどに。たまに上の空でぼやっとしていると鋭く睨まれて肝を冷やしたけれど、結局は諦めたように目線を外される。今日の臨也はいつもと刻むリズムが違っていて、わたしは、彼の尖りにもセンシティブさにもとっくに慣れているはずなのに、なぜかどぎまぎしていた。

会計をして外に出ると、心臓をギュッと掴まれるような、凍てつく北風が吹いていた。ああ、まさに冬!
そうだ、今年も気がつけばもう真冬、たしかに街のネオンがきれい。冬の空気は乾燥していて水蒸気が少ないから透明度が高く、光がきれいに見えるらしい。
これもたしか、臨也の受け売りだったと思う。
黒いコートが街のネオンをさらうように、風に広がる。


「そろそろ俺を愛してみたら?」

と、腕をひかれてからはすぐだった。
”あの”臨也がわたしにはじめて触れたことに驚いて、なにかの間違いかと思ってもう一度、聞き返そうと臨也のほうを見る。するとまるで示し合わせたみたいに目が合って、瞳も身体の内側も溶けてしまった。

 「君さあ、俺が気づいてないとでも思った?わかりやすく求めてきて、全くはしたないな。とっくにバレバレだよ」

いつも平坦な臨也の声にほんのすこし温度がある。蔑むようなふりをして細められた瞳の奥は炎のように燃えている。ああ、これはヤバい。脳内で激しい警鐘が鳴った、その時にはもう遅い。わたしはほとんど振り子のように臨也の首元に引き寄せられて、臨也はわたしの腰に腕をまわした。「ああほんと、信じられないよ、君は仕様がないな」全身が弛緩して、力が入らない。それがアルコールのせいなのか、激しい熱情のせいなのかわたしにはついにわからなかった。


(20.12.24)



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