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 みんなが寝静まった、深い夜の時間に、ヒロトは真っ暗な空をじいっと見上げていた。わたしが寒くないの、とほわほわと白い息を紡ぎながら問うと、ヒロトはただいつもの優しげな笑みを浮かべるだけだった。ヒロトの鼻は真っ赤で、さらにヒロトの手に触れればそれはまるで氷のようで、心が温かいからってやつだろうか、なんてぼんやりと考えた。

 わたしが微動だにしないのを気遣ったのか、ヒロトはオリオン座は知ってるよね、と再び空を仰ぎながらわたしに問う。ん、と小さな声で返すと、ヒロトは人差し指を宇宙に突き上げてオリオン座の隣にあるのが、と話を続けた。
 わたしは星のことなんか全然知らない。せいぜいオリオン座と北斗七星の形が分かる程度だ。ヒロトの言う、オリオン座の左上の星がベテルギウスとやらでそれが冬の大三角を成すとか、そのもう二つがこいぬとおおいぬだとか、ちんぷんかんぷんだったし、それがいまいちどの星なのかは分からなかった。こいぬが下でおおいぬが上だっけ?あれ、逆だったかも。どっちだ。聞き流しているわけでもない。ヒロトの説明が下手なわけでもない。ただ、それが耳を通り抜けていくのだ。しかし、わたしは眠くないはずだ。だって眠れないからこうやって起きてきて、庭にぽつりと佇むヒロトに声をかけたのだから。


「ヒロトは星がすきなの?」
「そうだね、変わらないから」

 説明してくれていたヒロトが一呼吸置いた瞬間を逃さずに質問してしまったせいか、ヒロトは「ごめんね、退屈だった?」と眉尻を下げて笑った。ちがうけど、とその言葉をすぐさま否定すると、ヒロトはそっか、とまた白い息を吐いた。その白を辿っていくと、すぐに夜空にとけていった。すべてを呑みこんでしまうような真っ暗な空には、決して呑みこまれない白い輝きがある。名前の知らないそれらを何を考えるわけでもなく、網膜に映していた。

 そんな上の空のようなわたしにとうとう呆れたのか、ヒロトは寒いからもう戻ろう、と提案した。素直に頷いたわたしの手をとって、やさしく引っ張っていく。ゆっくりと歩いてもすぐに目的地には着いてしまう。名残惜しく思いつつ、ヒロトの冷たい手を解放する。室内に上がると、もわっとしたあたたかい空気が身体を包んでいく。


「ココアかホットミルク、どっちがいい?」

 ヒロトが台所に足を進めながらあたたかい声でわたしに問いかけた。少し迷って、ココアと答えると、相槌を打って二人分のマグカップに牛乳を注ぐヒロトの姿が見えた。ソファに座りこんで、ヒロトを待つ。昼間はさわがしいリビングが、うそのように静かで、電子レンジの稼働音だけがいやに響いていた。さっきまで喋り通しだったヒロトが黙り込むので、わたしも同じように口を閉じた。
 しばらくしてはい、と差し出されたマグカップを受け取って、口につける。甘い味が口に広がり、ココアのあたたかさと相まって、どこか安心する。一息ついてから、また口につけてごくごくと体内に流し込んでいく。


「眠れなかったの?」
「うん。ヒロトも?」
「そうだね。これを飲んであたたまったら、寝ようか」

 その提案に頷いて、わたしはまたマグカップに口をつける。ヒロトにもう一回作ってもらおう。次は身体があたたまるように、すこしずつ、すこしずつ飲もう。十分冷えてしまった身体の体温を取り戻すには、もうしばらく時間がかかりそうだから。


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テーマ「人外ファンタジー」
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