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 重そうな不透明のボトルを両手でふらふらと持ち歩く姿に、見覚えがあった。あのふわふわのみみあてに、あったかそうなマフラーは、おれのよく知るおんなのこのものだ。自転車をめいいっぱいに漕いで、距離をぐんぐん縮めていく。


「なまえ!」

 白い息といっしょに、おそらくその子のものであっているだろう名前を呼ぶ。てとてとと、あぶなげな足どりでゆっくりとふりかえった。その顔は、やっぱりおれのよく知るおんなのこといっしょだった。はきだされるまっしろな息に、安心の色がまじっていた。


「わあ、翔ちゃん」
「どうしたの?それなに?」
「灯油だよ。おばあちゃんのおつかい」

 えへへ、とわらっているけど、鼻もほっぺたも真っ赤な様子は、すごくさむそうだ。これじゃあおばあちゃんはもっとさむいだろうなあ。


「おばあちゃん家に行ったらね、ちょうど灯油がきれちゃってね、明日は雪が降るからこれはだめだとおもって!」

 どうだ!と言わんばかりに胸をはるなまえにおれはちいさくわらった。なまえが説明した光景があまりにもかんたんに想像できる。おばあちゃんはたぶん遠慮したんだろうけど、それを押しきって灯油のボトル片手に出てきたんだろうなあ。

 灯油の重さにつかれたのか、なまえはボトルをおいて、かるく肩をまわした。やっぱりおんなのこには重いよな。こ、ここはおとこのおれが、いいとこみせなきゃだよな!


「なまえ!」
「な、なに?」
「自転車、のれよ!」

 勇気をふりしぼって提案したけど、なまえはこまったようにわらった。


「灯油もわたしも重いから、自転車がパンクしちゃうよ…?」
「うっ…、じゃあカゴに灯油を…」
「は、入らないよ…」

 まゆを八の字にして目をほそめるなまえをみて、おれはうなだれた。かっこわるい、おれ。それでもなにかないかとちっちゃい脳みそを一生懸命うごかした。うんうんとあきらめずにうなっていたら、案外思い浮かぶものかもしれない。最後の望みで、もういちど口をひらいた。


「おれが灯油持つから、なまえが自転車押してよ!」







 遠慮するなまえを押しきって、灯油を小さな手からうばった。それからは、ゆっくりとあるきながらお互いのことを話しあう。おんなじ中学の子のこと、部活のこと。おれの知らないなまえはそこにある。現実味があるようでないその話に耳をかたむけつづけた。どれだけ聞いてもやっぱりおれのよく知るおんなのことはかぶらなかった。根っこはおんなじなのに、なにかがちがう。ふしぎな違和感にとらわれたまま、気がつけばなまえのおばあちゃん家の近くまできていた。


「ごめんね、ありがとう」
「ううん!おれがしたくてやったんだからさ!」
「へへ、ありがとう。部活がんばってね」
「もちろん!」
「応援いくね。泉くんとか関向くんとか連れて!」
「ほんと!?二人ともなつかしい!」

 高校にはいってからぐんと会う数がへった二人の顔をおもいうかべて、なんだかうれしくなった。二人ともがんばってるかな、やっぱりちょっとさみしいな。自分のゆめで、自分できめたいまの道だけど、すこしだけふりかえりたくなった。ちょっとだけ。ほんのちょっとだけ。


「おんなじ学校だったらよかったのにね」

 ぽつりとなまえの口からこぼれでた言葉に顔をあげた。なまえらしくないえがおに、またうなだれた。


「それじゃあ、またね」

 そういって、コートのすそをひるがえして路地を進みだすその背中をじっと見つめた。曲がって、見えなくなるまで、ずっと。

 次に会えるのはいつだろう。もし、もし。なまえが言ってたとおりになっていたら。こんなおもいを知ることはなかったのに。


 自転車のペダルをぐいっと足でおした。
 どんどんなまえから、はなれていく。



空っぽが手招きしてるよ



title:子宮


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